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如来蔵‐守護仏による救済 守護仏の個性と開運法 如来・菩薩・明王 

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 如来蔵‐守護仏による救済

 

 

 

 

 


 

 

   はじめに  

 

 ここでご紹介する「守護仏」とは、正しくは「如来蔵」というもので、2世紀ごろのインドで生まれた考え方です。

 

 人間には、誰でも生まれつき仏様の種(仏胎)が宿っており、人間がよろいのように身に付けてしまった心のカラを破り、本来のあるべき姿に立ちもどれば、その仏様と一体になることができます。

 仏様と一体になれた人は、仏様から守られて、あらゆる苦しみから救われるばかりではなく、他の人々をも苦しみから救うようになります。

 すると、その人は、人々に素晴らしい魅力を感じさせ、尊敬や人気を集めて、社会生活、学問、恋愛、家庭生活など、全てが順調になり、望むとおりの人生を過ごすとができます。

 このような状態は「悟り」とも呼ばれ、本来は、出家して、学問と修行の果てに、限られた人だけが、ようやく得られるものでした。

 しかし、そこまでの境地には達しなくても、自分の守護仏がどんな仏様なのかを知り、その仏様のスタイルに少しずつ近づいて行くことができれば、守護仏の加護は得られるものなのです。

 

 インドで生まれた「如来蔵」はチベットに伝わり、どの人にどの仏様が宿っているのかを見極めることによって修行に役立てるようになります。

 最初は、高僧が弟子のひとりひとりを観察して、守護仏を決めていましたが、やがて、人の生まれた時間によって守護仏が決まることが分かって来ました。

 これにより、必ずしも出家して修行しなくても、自分で自分の守護仏を知り、守護仏に近づくことが可能になりました。

 生年月日と生まれた時間が分かれば、守護仏も分かるのですが、それには、暦学に基づいた少々複雑な計算が必要になり、一般の方には、なかなか面倒なものです。

 この本では、生年月日と生まれた時間だけで守護仏を読み取ることができる、世界初の画期的な早見表を巻末に収録しており、この本を手にしたその日から、誰でもすぐに自分の守護仏を知ることができ、仏様と一体になる道を歩めるようになります。 

 

 

 読者の皆様は、どうかこの本を大いに活用され、守護仏のご加護を得て、素晴らしい人生を歩めますよう、心からお祈り申し上げます。

        

 

 

 

 

 

  第一章  苦しみからの解放

 

 

 

  

 人間が生きて行くということは、苦しみばかりがつきまとうもので、仏教の生みの親であるお釈迦様は、「一切はみな『苦』である」とおっしゃり、次の八種類の「苦」があるとされました。

 

 1、生まれるときの苦しみ

 2、老いてゆく苦しみ

 3、病気の苦しみ

 4、死から逃れられない苦しみ

 5、愛しいものといつか必ず別れなければならない苦しみ

 6、嫌いな人とも関わらなければならない苦しみ

 7、欲しいものが手に入らない苦しみ

 8、心身の働きが活発であるための苦しみ

           

 このような苦しみから逃れるために、いったどうしたら良いのでしょうか?

 お釈迦様の「一切はみな『苦』である」と言う宣告は、まるで突き放されているように思えますが、実は、これを理解することこそが、あらゆる苦しみから救われる唯一の方法なのです。

 

 

 1、生まれるときの苦しみ(生苦

 

 これは、胎児が母の産道を通るときの苦しみと言われておりますが、見ている人からそう見えるだけで、ものごころついた後の本人には記憶がないことです。

 このように、自分では記憶にないことなのに、人から話を聞いたりして、痛みや責任を感じて苦しむことがあります。

 むしろ「産みの苦しみ」などと言われるように、産んだ母親のほうがよほど苦しいのですが、苦しむほどに喜びも大きいものがあり、我が子に対する愛情も、より強いものになります。

 

 

 2、老いてゆく苦しみ(老苦)

 

 老人が大切にされない社会では、確かに苦になりますが、自分たちが若いとき、老人を大切にしなかった報いですから、仕方がありません。自分は大切にしたつもりだと言うかも知れませんが、自分たちが属している社会全体の風潮がそうなっているのは、やはり自分の責任です。

 それでも、医療費が安い、シルバーシートに座れる、もしかしたら年金が貰えるかも知れない、など、少しは良いこともないわけではありません。

 現代の日本では、年寄りを大切にしなくなった、と言われますが、制度だけで見たら昔よりもずっと、年寄りは大切にされています。ただ、制度ばかりで、尊敬の気持ちがなくなってしまいましたから、老人としては、プライドが保てません。

 老いても尊敬されるような人になることも大事なことで、そのような人には、老いの苦しみなど感じられません。

 

 

 3、病気の苦しみ(病苦)

 

 病気は、もちろん嫌なことですが、病気であることが認められれば、なまけもの、などと思われずに、堂々と休養が取れる、保険金が給付される、自分の苦しみが他人にもある程度理解してもらえる、などの良いこともないわけではありません。

 わざわざ仮病を使って、休んだり、同情を買ったり、不正に保険を請求したりする人もいるくらいですから、病気と言うのもある種の特権と言えないこともありません。

 病気なのに、病気であることを認められないと、ただ苦しいだけで、誰にも理解されず、保険も適用されない、というような事があります。

 逆に、ライ病やエイズなどに認定されますと、不当な差別によって、さらに苦しみがひどくなる場合もあります。

 病気に対して無知や偏見、悪意などを持つ人は、他人を苦しめて、自分も救われません。救われるためには、まず、病気に対する正しい知識を持つことが是非必要です。

 

 

 4、死から逃れられない苦しみ(死苦)

 

 人間ばかりでなく、あらゆる生物は、死から逃れることができません。だれもが知っていることなのですが、ひどく死を恐れる人がいるかと思うと、あべこべに、自分から死を選んだり、全く危険をかえりみない人もいます。

 普通、自殺や自殺行為は、良くないこととされておりますが、何かの目的のため、自ら犠牲になって死ぬ人は、賞賛を浴びたりもします。

 また、レーサー、登山家、消防士、軍人、などの職業の人は、あまり死を恐れない傾向にあります。もちろん、死を恐れていたらつとまらない仕事ではありますが、死の危険や恐怖に挑むことで、ある種の充実感も得られるようです。

 ただ、実態はわかりませんが、賞金目当てとされる自爆テロや、保険金目当ての自殺などは、家族のためとは言え、どうしたって幸福なこととは思えません。

 最近、自殺が増えたり、テロや未成年による凶悪な事件などがいくつか報じられ、人の命を大切にしなくなったなどと言われておりますが、戦前などに比べて、現在のほうが、はるかに人命を大事にするようになっています。

 戦後日本は、憲法上戦争はできないことになっていますから、今のところ戦争による犠牲者は出ていませんし、改憲したとしても「国のために戦死することが最大の名誉」というような考え方が復活するとも思えません。

 交通事故死だって、一時は毎年1万人を超えていたのに、近頃はかなり抑制されています。これは、救急救命の改善や、シートベルト、エアバッグ、安全ボディーなどの対策が効果を上げているためで、人命尊重は建て前ばかりではありません。

 それでも、命を大切にしなくなったというのは、子供が子供を殺したり、イラクで人質が殺されたり、むごたらしい事件のたびに言われます。

 問題にされるのは、人命尊重の意識が強いからですが、スチュワーデスができる救命措置を医師会が既得権を主張して救急救命士にやらせない、サラ金、ヤミ金融が多数の借り手を自殺に追い込んでも、業界から献金を受けている国会議員が反対して徹底した規制ができない、などのように、利害がからむ事や、戦争、などということになると、急に人命が軽くなることもあります。

 いずれにしろ、人間は、誰でも必ずいつかは死ぬと決まっているのですから、それほど死を恐れる必要はないし、自分から進んで死んでしまうこともありません。

 守護仏と一体になれた人は、肉体が滅んだ後も守護仏と一体ですから、もちろん、死を恐れることなどありません。

 

 

 

 5、愛しいものといつか必ず別れなければならない苦しみ(愛別離苦)

 

 これには自分が死ぬことによって別れることも含まれますから、やはり逃れる方法はありません。それで、お釈迦様は「愛」を否定し、あらゆるものに執着を持たないことで救われる、とされましたが、考えてみれば、愛しいものがあってこそ人生を楽しめるもので、本当に愛しいからこそ、失う時の苦しみも大きくなってしまいます。

 最近では、犬や猫などのペットを亡くした人が、我が子を失ったように嘆き悲しんで、それこそ病気になってしまったりしますが、普通、ペットにするような動物は、人間よりずっと寿命が短く、自分より先に死なれるのは自然のなりゆきで、最初から覚悟しておけば、それほどの苦しみにはならなかったはずです。

 ペットに限らず、どんなものでも、死んだり、壊れたりすることからは逃れられませんから、自分の産んだ子供は、自分よりは長生きできるはず、だとか、30才も年下の妻なら必ず自分より後で死ぬ、などという保証もありません。自分だって、あと何年は大丈夫などと思っても、明日のことは分かりません。

 別れはいつかやって来ますが、愛しいものは大いに愛し、可愛がり、大切にして、思い切り「愛」を楽しんで、しかしいつか必ず失うことも覚悟しておけば、失ったときの悲しみはずっと小さなものになり、良い思い出だけが残るようになります。

 

 

 6、嫌いな人とも関わらなければならない苦しみ(怨憎会苦)

 

 対人関係の問題は、近年特に深刻で、大人ばかりか、こどもの世界でも、いじめによる自殺があったり、小学生の女児が同級生を殺害するなど、年齢を問わず、広い範囲で社会問題化しています。

 映画評論家の故淀川長治さんは、生前『私は嫌いな人に会ったことがない』という著書を出しておられました。

 つまり、誰でも良いところがあるのだから、嫌わずに好きになったら良い、と言う趣旨の本なのですが、本当に淀川さんは、嫌いな人には会わなかったと言います。つまりこの人には会いたくないと思ったら、面会、対談など、断っていたそうです。

 淀川さんのように、チャップリンとも親交のあった映画界の権威で、つきあう相手も選べる人は良いのですが、普通はなかなかそういうわけには行きません。

 淀川さんだって、若いころには、嫌いな人とでも付き合い、こんな良いところもあるじゃないか、などと考えて、心のバランスをとっていたのでしょう。そうでなければ、あれほどの大家にはなれなかったはずです。

 私たちが他人に対して「好き」とか「嫌い」とか感じるのは、ほとんどが顔の印象から来るもので、それも第一印象が決定的だと言います。これは人間に特有の習性で、生まれたばかりの赤ちゃんが、母親を認識するとき、まだ良く見えない目なのに、ちゃんと顔で母親を見分けることができ、同じように、赤ちゃんにとって心地よい人と不快な人は、顔で見分けられ、記憶されてゆきます。すると、その時に、良い印象を与えた人の顔は「好き」なタイプとして記憶され、悪い印象を与えた人の顔は「嫌い」なタイプとして記憶されます。よく、男性は、母親に似た女性を好きになる、と言いますが、そのような人が特にマザコンというわけではなく、これも赤ちゃんの時の記憶から来るものと思われます。

 つまり私たちが、人の顔をみただけで、「好き」と感じたり「嫌い」と感じたりしてしまうのは、まだ赤ちゃんの心が残っているせいで、本当に、自分にとって利益のある人を好み、害のある人を嫌っているわけではありません。

 こちらが相手を嫌えば、自然と相手もこちらを嫌うようになり、そしてもしそれが、職場で毎日付き合わなければならない相手だとすると、その職場はひどく居づらい場所になってしまいます。

 もともと「一切はみな『苦』である」のに、わざわざ苦のタネを増やしているのが人間なのですが「好き」「嫌い」などという感情は、赤ちゃんの心から来ているのだと知れば、何もそんな事のために人生を苦しくすることはない、ということに気付くでしょう。

 逆に、相手から一方的に嫌われた場合でも、まだ赤ちゃんなんだなあ、と思えばそれほど腹も立たないでしょう。

 「嫌い」という感情の原因は、右のようなことのほかにも、もっと色々あるでしょうが、決して合理的なものではないことには間違いありません。

 この苦しみから逃れるには、「嫌い」という感情を持たないようにするのが一番安上がりですが、できなかったら、嫌いな人と会わなくてすむような環境を整えなくてはなりません。するとかなりの財力や地位などが必要になりますが、嫌いな相手でも、平気な顔で付き合えるような人でなければ、地位も財力もとうてい望めません。

 

 

 7、欲しいものが手に入らない苦しみ(求不得苦)

 

 ブランド品が欲しい、宝石が欲しい、家が欲しい、車が欲しい、異性が欲しい、こどもが欲しい、等々、きりがないものですが、手に入らないものほど欲しくなるものです。

 特に、異性などは、どうすれば手に入れたことになるのでしょうか?

結婚して籍を入れたら手に入ったことになるのでしょうか?

中には、相手の了承もなく、勝手に役所に行って婚姻届けを出してしまう人がいるそうですが、それで満足できるわけもありません。

 もっとひどいのは、少女を誘拐して、十年近くも自宅に監禁していた事件がありましたが、とうてい少女を手に入れたという満足感など得られるわけもなく、むしろ、発見されて捕まることを恐れ、少女が自分を好きにならないことに苛立ち、同居していた母親との関係はますます悪くなり、捕まってからはもちろん、捕まる前の十年間も、実際にはひどい苦しみだったはずです。

 こどもが欲しくて、人身売買まがいのことをする人もいますが、実の親だってこどもを所有しているわけではなく、愛しむことによって幸福感を得られるのですが、愛しむものは、いつか必ず失うことを覚悟しなければなりません。

 お金や物品なら、確かに手に入りそうですが、簡単に手に入るものでは、手に入れたときの満足感も小さくなり、手に入れることが難しいものほど、手に入ったときの満足感も大きいはずですから、手に入らないものばかり欲しがるようになり、苦しみを招くのです。

 この苦しみから逃れるには、手に入らないものは欲しがらないようにすることが一番ですが、何とか手に入りそうなもので、どうしても欲しいものがあったら、計画を立てて、手に入れるまでのプロセスを楽しむようにすれば、手に入らない場合でもそれほど苦にはならないものです。

 たとえば、宝くじで3億円くらい当てたいと思ったら、どこの売り場で買うと当たりやすいとか、統計学的にどんな数字が出やすいとか、徹底的に研究して、できるだけ少ない投資で買い続けるようにします。これなら1万円くらいの当たりでも取れれば、ずいぶんと楽しむことができるでしょうし、間違って大金が当たらないとも限りません。

 

 

 

 

8、心身の働きが活発であるための苦しみ(五蘊盛苦

 

 肉体が健康なほど生理的な欲求が強くなり、満たされないものも多くなってしまいます。

 視覚が良い人ほど、見たくないものも見えてしまいます。

 聴覚が良い人ほど、聞きたくないものも聞こえてしまいます。

 嗅覚が良い人ほど、嫌な匂いに悩まされます。

 味覚が良い人ほど、まずい食物に悩まされます。

 触覚が良い人ほど、手触りや肌触りの悪いものに悩まされます。

 イメージが豊かな人ほど、いやなイメージに悩まされます。

 行動力がある人ほど、何かの決断を迫られます。

 意識や認識を持っていれば記憶も残り、いやな記憶だけを消すこともできず、どうしてもなんらかのトラウマに悩みがちです。

 これらは、結局、健康だとか、感覚が敏感だとか、良いことの裏返しとしての悪いことばかりですから、良い面をだけを楽しむようにすれば、何とか我慢できるものです。

 例えば、味覚が良いほど、まずい食べ物に悩まされ、味覚が鈍感な人ほど、まずいものでも平気で食べられるのですが、味覚が良いほど、ほんとうに美味しいものを味わうことができますし、わずかな味の変化に気がついて、食中毒などを避けることもできるかも知れません。

 

 

 以上のように「苦」というものは、人間の生活に付いて回るものですが、「一切はみな『苦』である」ことを知っていれば、いくらでも避ける方法はあり、正しい知識によって、苦にもならないようになります。

 ところが、知っているのにそのようにできないのが人間というもので、いつかは失うとわかっているのに、愛しいものにのめりこみ、手に入らないとわかっているのに、欲しがっては苦しむ。などいうことを繰り返しています。

 ならば、知っているとおりに行動ができれば、苦しみなどというものは何もなくなるのではないでしょうか。

 

 そこで、お釈迦様が提唱したのが「悟り」というものです。「悟り」とはひどく難しいもののように感じられますが、実は、ただ「知っているとおりに行動する」と言う、至ってかんたんなことで、人間以外の動物は、初めから知っているとおりにしか行動ができませんから、人間のような悩みは持たないものです。つまり生まれつき悟っているのです。

 ところが、人間の持っている知識や情報と言うものは、動物などとは比べものにならないほど膨大なものです。逆に言うと、動物の持っている知識は、生きて行くのに最低限必要な知識だけで、余計な知識というものは何もありません。だから、知っているとおりにしか行動できない、とも言えるでしょう。

 

 お釈迦様は、ネパールに近いインドの小国の王子として生まれ、なにひとつ不自由のない王宮で育った、ということになっていますが、現代の学者の研究では、本当はあまり裕福な王室ではなかったようです。十六才で迎えたお妃との間に一子をもうけた他に、三人の妃がいたとも言います。

 

 その後、お釈迦様は、城を抜け出して修行の生活に身を投ずるようになりますが、その原因となったのは、城の四方の門から外出しようとして、老人、病人、死人、出家者に遭遇し、自分の進むべき道を直感したと言われています。

 案外、継母やお妃とうまくゆかなかったり、王室の内情が火の車だったりしたのかも知れませんが、いずれにしろ、苦しみからの脱却が目的だったことは間違いありません。

 出家したお釈迦様は、六年間にわたって、非常に苦しい修行を続け、ついに倒れたところに、通りかかった村娘=スジャータのくれた、乳のおかゆで命が助かり、この時「なんだこんなに苦しかった修行よりも、一杯のおかゆのほうがはるかに素晴らしく、私の命を救ったではないか」と瞬間に「悟り」を開き、「仏陀」になりました。

 「悟り」を開いたお釈迦様は、さらに瞑想を続け、「悟り」は苦行で得られるものではなく、瞑想によって、ある瞬間に得られることに気付きます。

 よく、お釈迦様は生まれつきの貴種で、白象の夢を見て妊娠した母親のわきの下から生まれ、生まれたとたんに七歩歩いて上下を指差し「天上天下唯我独尊」と言った、ということになっていますが、本当は、ごく普通の悩める青年が「悟り」を開いて「仏陀」になれたことにこそ、仏教の素晴らしさがあるのです。

 

 こうして、「悟り」という究極のノウハウを持つ仏教は、世界の三大宗教と言われるほどに普及するようになりましたが、一般の人にとって、出家・修行して「悟り」を開くということは、とても容易なものではありませんし、出家したからといって、誰でも「悟り」を開けるわけでもありません。

 

 はじめにお話ししたように、「守護仏」または「如来蔵」という考え方は、どんな人でも、心のなかには仏の種(仏胎)が宿っており、仏の種を覆い隠しているカラを取り除いてやれば、誰でも仏と一体になれる、というものです。

 自分の守護仏を知り、信仰と意志によって仏と一体になるということは、つまり知っているとおりに行動できるということになりますから、「悟り」を開いて仏になることとまったく同じ意味になります。

 もちろん、「守護仏」と一体になるためには、修行が必要ですが、本来あるべき自分の姿にもどるだけで、そのモデルもはっきりしていますから、瞑想によって「悟り」を開くことと比べますと、はるかに楽な修行と言えます。

 なぜなら「悟り」は、ある瞬間に得られるもので、いくら瞑想を続けても、いったい、いつになったら悟れるのかわかりませんし、悟る前の人はいつまでたってもただの人で、「半分は悟った」というようなことはありません。お釈迦様だって、悟りを開くまでは、ただの悩み多き青年だったのですから。

 

 悟った人は、社会生活にも順応でき、自然と人々の尊敬や人気を得られ、出家をやめても困ることもありませんが、まだ悟れない人は、出家をやめたら社会生活が困難なことになりがちです。

 それに対し、自分の「守護仏」を知っていれば、守護仏と一体になれるまで待っていなくても、その仏様の性格や特長に従い、スタイルをまねて生活しているだけで、人々に魅力を感じさせ、対人関係がよくなり、仕事や学業がうまく行くようになります。つまり信仰さえあれば、出家する必要もありません。

 

           

 


 

 

 

 

 

 

 第二章 自分の守護仏を知る

 

 

 

 

 

 

 

 守護仏は、大きく、次の三種類に分けられます。

 

    如来(にょらい) 

菩薩(ぼさつ)

明王(みょうおう)

 

 如来は、仏の道をすべて完成し、真理そのものを代表する、次の六柱の仏様です。


   略称  

   釈、釈迦如来(しゃかにょらい)

   成、成就如来(じょうじゅにょらい)

   大、大日如来(だいにちにょらい)

   宝、宝生如来(ほうしょうにょらい)

   永、阿弥陀如来(あみだにょらい)別名:永光如来(えいこうにょらい)

   薬、薬師如来(やくしにょらい)

 

 

 菩薩は、仏の道を歩み、他人も一緒に仏の道に導こうとする、次の八柱の仏様です。

       

   音、観音菩薩(かんのんぼさつ)

   月、地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 別名:月光菩薩(がっこうぼさつ)

   日、金剛菩薩(こんごうぼさつ)別名:日光菩薩(にっこうぼさつ)

   空、虚空菩薩(こくうぼさつ)

   文、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)

   普、普賢菩薩(ふけんぼさつ)

   除,勢至菩薩(せいしぼさつ)別名:除障菩薩(じょしょうぼさつ)

   弥、弥勒菩薩(みろくぼさつ)

 

 

 明王は、如来や菩薩を助け、その代理をつとめる、次の五柱の仏様です。

 

   不,不動明王(ふどうみょうおう)

   孔、孔雀明王(くじゃくみょうおう)

   軍、軍荼明王(ぐんだみょうおう)

   愛、愛染明王(あいぜんみょうおう)

   三、三世明王(さんぜみょうおう)

 

 誰でも必ず、これら十九柱の仏様のどれかが、その人の守護仏に該当します。これらの仏様は、違う名称で呼ばれることがありますが、ここでは、より一般的と思える名前に統一してみました。

 上についているアルファベットの記号は、ご自分の守護仏を探すときに必要になるものです。

 

 次に、自分の守護仏が、このなかのどの仏様であるかを知らなければなりません。

 

 

 ◎守護仏万時暦の見方

 

 生年月日と出生時刻が分かれば、男性・女性の区別なく、巻末の早見表で、簡単に自分の守護仏を知ることができます。

 まず、西暦の年号で、生年に該当するページを開きます。西暦の年号が分からない場合は、○○○ページの、西暦・元号対照表でお調べください。

 次に、月ごとに表を見ますと、年月の下に並んでる数字は、時刻を表わします。

 その下、左端に、日付がたてに並んでいます。

 該当する日付を選びますと、その右にアルファベットの文字が並んでいます。

 出生時刻が午前0時なら、時刻の「23」と「1」の間を、日付の位置まで下がってくれば、守護仏を示すアルファベットに当たります。

 また、出生時刻が午後6時なら、時刻の「17」と「19」の間を日付の位置まで下がってくれば、守護仏を示すアルファベットに当たります。

 もし出生時刻が、午後十一時過ぎの場合、時刻の「23」と「1」の間を、翌日の日付のところまで、下がってくれば、守護仏を示すアルファベットに当たります。もし、月末の場合は、翌月一日の一時前と同じと見なします。

 これは、守護仏に限らず、中国などの東洋運命学では、午後十一時を一日の境目と考えるためです。

 

 例えば、生年月日時が、1962年8月9日午前6時生まれの人は、『守護仏万時暦』の、1962年7~9月のページ上段中央を見ます。

 午前6時ですから、「5」と「7」の間にある「卯」の通りを、たてに、9日のところまで、下がってきますと、「釈」と表記されているのがわかります。

 「釈」は「釈迦如来」の略称ですから、この人の守護仏は「釈迦如来」であることが分かります。

 

 次に、生年月日時が、1985年3月25日午後7時15分生まれの人は、『守護仏万時暦』1985年1~3月のページで、上段右を見ます。

 午後7時15分ですから、時刻の「19」と「21」の間にある「戌」の通りを、25日のところまで下がってくれば、「月」と表記されているのがわかります。

 「月」は「月光菩薩」の略称で、「月光菩薩」は「地蔵菩薩」の別名ですから、この人の守護仏は「地蔵菩薩」であることが分かります。

 

 次に、生年月日時が、1999年5月31日午後11時35分生まれの人は、1999年4~6月のページ下段中央を見ます。

 午後11時35分ですから、日付は翌日のところを見なければなりません。また月末ですから、翌日は7月1日にあたります。

 時刻の「23」と「1」にある「子」の下にある、7月1日のところまを見ますと「軍」と表記されているのがわかります。

 「軍」は「軍荼明王」の略称ですから、この人の守護仏は「軍荼明王」であることが分かります。

 

 以上の方法で、自分の守護仏がわかりましたら、それぞれの守護仏について説明したページに進んでください。

 

 なお、日本の時刻は、兵庫県の明石が基準になっており、明石よりも東で生まれた人は、出生時刻に対して、経度で1度あたり4分を加え、明石よりも西に生まれた人は、経度で1度あたり4分を減じます。

 もっとわかりやすく言いますと、北海道中部で午後6時30分に生まれた人は、出生時刻に30分を加え、午後7時の生まれとして守護仏を探してください。

 

 北海道で生まれた人は、出生時刻に23~38分を加えます。

 東北で生まれた人は、出生時刻に20~26分を加えます。

新潟近辺で生まれた人は、出生時刻に13~17分を加えます。

 東京近辺で生まれた人は、出生時刻に18~21分を加えます。

 静岡近辺で生まれた人は、出生時刻に11~15分を加えます。 

愛知・岐阜・富山近辺で生まれた人は、出生時刻に8~10分を加えます。

 京都・大阪近辺で生まれた人は、出生時刻に1~5分を加えます。

 神戸近辺で生まれた人は、出生時刻をそのまま使います。

 広島や松山などで生まれた人は、出生時刻から8~10分を減じます。

 山口や宮崎などで生まれた人は、出生時刻から14~15分を減じます。

 福岡、長崎、鹿児島、などで生まれた人は、出生時刻から18~20分を減じます。

 那覇近辺で生まれた人は、出生時刻から、28~29分を減じます。

 石垣島で生まれた人は、出生時刻から43分を減じます。

 

 出生時刻を修正しても、どちらの時間帯に入るか分からない場合は、二つの守護仏の個性をよく読んで、自分に良く当てはまると思える方を選びます。

 

 なお、生年月日が、19□□年以前の方や、20□□年以降の場合は、一覧表に収録しきれませんでしたので、左記までお問い合わせいただければ幸いです。出生時刻が不命の方もご相談ください。

 

  ご自分の守護仏を知りたい方は、コメント欄に生年月日、性別、出生時刻、出生地、氏名(ハンドルネーム可)メールアドレス、それからご意見ご感想など、“コメント”も必ず書き込んでください(公開されません)お悩みごとなどにもできる範囲でご返答致します。

または showayweb〇msn.com までメールで(〇を@に換えてください)

 

 

 

 

 

 

  第三章 守護仏の個性と開運法

 

 


  

 ご自分の守護仏が分かった方は、それぞれの守護仏の説明に進んでください。その人の守護仏には、それぞれの仏様としての個性があり、その人の持つ基本的な性格を決定します。

 私たちは、日常的に、できるだけ守護仏の個性に近づくように行動すれば、他人から見て、自然と魅力的に映るようになります。

 なぜなら、私たちの奥底にある、本来の飾らない姿は、守護仏の個性と一致するもので、あらゆる行動は、何の無理もなく自然と振る舞えるものだからなのです。

 ところが、生まれたときに守護仏から授かった自分本来の個性は、いつの間にか変化させられてしまい、守護仏の個性とずいぶん違ってしまう場合があります。

 これは、育った環境や生活、受けた教育と学習、などの「経験」によって歪められたもので、そうなってしまいますと、その人のあらゆる行動は、何となく似合わない、無理のあるものになり、他人の目から見て、ぜんぜん魅力を感じさせません。

 

 この本を読む方の多くは、すでに成人されておられるか、義務教育は終えているでしょうから、もうすでに、本来あるべき守護仏の個性を、堅い心のカラで閉じ込めてしまっているかも知れません。

 

 しかし、ご自分の守護仏を知った今日この時からは、生活の中の行動を、できるだけ守護仏の個性に合わせ、一致するように振る舞わなければなりません。

 それぞれの守護仏のページには、守護仏の個性に基づく生活の指針、他の守護仏との相性による処世の方法、幸運を呼ぶ色彩と宝石、座騎すなわち乗物の選び方、特に乗用車を選ぶ方法、などが記されています。

 

 守護色や、守護宝石を使う場合、ただ持っているだけでなく、普段から、あるいはここぞと言うときに身に付けるようにしますと、自分の魅力を増し、人々から人気を集めるようになります。特に宝石は、「開光点眼」すなわち入魂したものを持ちますと、素晴らしい効果が発揮されます。

 

 座騎とは、仏様の乗物のことで、これによって乗物を選びますと、安全で移動の効率が良くなり、特に守護仏のイメージに合った乗用車を乗り回しますと、非常に魅力を感じさせるようになります。

                                                           

 

 

 

 


                          

   A、釈迦如来〈高貴と品位〉

 

 釈迦如来とは、もちろん、仏教の開祖お釈迦様のことで、正式には釈迦牟尼如来と言われます。

 お釈迦様は、小国ながら、国王の息子に生まれ、皇太子という高い身分でありながら、王宮を抜けだして出家し、「悟り」を開いて仏陀となりました。

 このような、釈迦如来の個性は、「高貴」と「品位」というキーワードで表現されます。

 釈迦如来を守護仏に持つ人は、ちょっとお高く止まっていると言われるくらいに、上品な感じを出し、うまく品位を保つように心がけます。

 いつも、物静かに正しく行動し、秩序よく順序どおりに仕事や役目につき、身辺をきれいにして、他人に頼らず、自分で自分を高めてゆきます。

 釈迦如来のイメージは、高貴と品位ですから、最も恐れることは、低俗さと品位のなさ、ということになります。

 お釈迦様は王子として生まれながら、王宮を棄てて出家した方ですから、釈迦如来のイメージは、高貴と言っても、贅沢な生活などとは無縁であり、仕事の上でも、クリーンなイメージが必要です

 いつも身ぎれいにして、汚職や馴れ合い、賭博、いじめ、など、品位を汚すことや、低俗なことに手を染めてはいけません。また、ガツガツした態度は足下を見られ、あまり下手に出ると逆効果になります。

 こちらの立場が悪い場合でもプライドを保ち、弱みを見せてはいけません。

 恋愛や交際の上でも同様で、相手の機嫌をとったり、何でも言いなりになったり、歯の浮くようなお世辞を言ったりすることは、かえて自分の魅力を失って失敗することになります。

 

 釈迦如来を守護仏に持つ人の代表と言えば、皇后陛下美智子様(1934年10月20日午前8時ご出生)が、まず筆頭に上げられます。高貴で上品で、行動は物静かで正しく、低俗さや下品なこととは縁がありません。

 民間から皇室に入られたため、宮中では、ひどいいじめにあったそうですが、宮中の人々から見れば、民間人が、自分たちよりも高貴な存在とは、なかなか理解できなかったのでしょう。

 皇后陛下は、持って生まれた個性に忠実な行動を貫かれ、絶対に妥協したりせず、子育てなどでご自分の方針を貫き通したのは、たいへん有名な話です。

 現在の「開かれた皇室」というイメージ作りに大きく貢献され、国民から尊敬と人気を集めておられます。

 皇后陛下が、ご自分の守護仏をご存じだったとは思えませんが、その行動のありかたが、釈迦如来の個性そのものだったことは間違いありません。

 

◎良い相性

 

 よく、仏画などで見る釈迦如来は、文殊菩薩と普賢菩薩という二柱の仏様を従えています。文殊菩薩は、知恵と奉仕で釈迦如来に尽くし、普賢菩薩は、統率力と指導力で、釈迦如来を補佐します。

 これらの仏様は「脇士」と呼ばれ、その名のとおり、如来の脇にいて如来を助け、仏法を広めます。

 このような関係ですから、釈迦如来を守護仏とする人は、文殊菩薩、普賢菩薩を守護仏とする人との相性が非常に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手として、申し分ありません。

 とは言っても、釈迦如来の人が、本来あるべき高貴さや品位をともなった行動が取れなければ、そうは行きません。

 文殊菩薩の人から見れば、自分より知恵がない、普賢菩薩の人から見れば、自分よりも統率力がない、何でもないただの人、ということになり、何の力も得られません。

 

 

◎悪い相性

 

 逆に相性の悪い相手は、金剛菩薩を守護仏とする人で、この人は、高貴や品位というイメージからは遠く、非常に現実的で、目的に向かってなりふりかまわず、貪欲に手に入れようとします。

 従って、この人と一緒に仕事をしますと、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛すれば、逢うたびごとに大喧嘩というようなことになりかねません。

 ところが、お互いに理解しあえないまでも、自分にない相手の長所を活かし合うことができれば、かえってこれ以上ないような良い関係になることもあります。

 つまり、金剛菩薩タイプの人は、ひどく現実的でどん欲ですから、釈迦如来の、理想的で、やや浮世離れした面を補ってもらえ、どん欲、強引でなければ得られない目的を代わりに達成してくれるのです。

 このような関係を保てたら、人生で最高のパートナーになるのは間違いありません。

 

 

◎守護色

 

 釈迦如来を代表する、ラッキーカラーは、紫色であり、日頃から、または、ここ一番の場面に、ワンポイントでも良いので、紫色のものを身に付けますと、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸福を呼び込みます。

 反対に、金剛菩薩の守護色である、金色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

◎守護宝石

 

 アメジスト、つまり、紫水晶を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、ゴールドであり、金製品を身に付けていますと、品格を失い、魅力をなくして、幸運を逃すようになります。

 

 

◎座騎

 

 釈迦如来の座騎は蓮の花で、獅子や象のような大げさな乗物には乗っておりません。 蓮というのは、基本的にどの仏様も乗っているものですから、釈迦如来を守護仏とする人は、共用性や、大衆性の高い乗物を選ぶことが望まれます。

 すると、乗用車よりもバス、バスよりも電車、飛行機よりも新幹線などが良いことになります。

 マイカーを求める場合もこの法則に従って、ワンボックスやミニバンのような、なるべく大勢乗れる車が最適です。

 現在、ミニバンやワンボックスタイプの車は、各社から数多く発売されており、選ぶのに困ることはありません。

 

 「蓮」にあたる車の、例を挙げておきますと、

 

トヨタ‐エスティマ、アルファード、グランビア、ノア、アイシス、イプサム

 日 産‐エルグランド、プレサージュ、キャラバンSL、セレナ、リバティ

 ホンダ‐オデッセイ、モビリオ、ステップワゴン、エディックス

 三 菱‐グランディス、デリカスペ‐スギア

 マツダ‐MPV、プレマシー、ボンゴフレンディー

 

 などが上げられます。

 避けるべき車は、金剛菩薩の座騎である「象」のイメージがある車であり、4WDのSUV車などに乗ってはいけません。

 

 セダンやワゴンタイプでも、FR系のボルボやベンツのSクラスなどのように、やたら頑丈なイメージのある車は、品位を損ね、魅力を失うので、避けなければなりません。

 ゴールドの塗装やアクセサリーを使った車も、避けたほうが良いでしょう。

                                                          

 

 

 

 

 


 

B、成就如来〈聡明と誠意〉

 

 成就如来は、正式には成就不空如来と言われ、微妙聞如来、微妙聞仏、などの別称でも呼ばれます。

 密教五方仏の中で、北方華楽世界をつかさどり、金剛界曼陀羅では、向かって右側に描かれます。

 成就如来の個性は、「聡明」と「誠意」という、キーワードで表現され、日頃から、時の流れや場の空気を良く読み、風向きには逆らわず、力ずくよりも「要領」と「方法」を使います。

そして、何事も「聡明」と「誠意」で解決することによって、人々の目から非常に魅力的に映ります。

 反対に、風向きや流れに逆らって、権力、勢力、暴力、などを使って、強引にものごとを解決するようにしますと、「聡明」「誠意」というイメージからは遠くなり、魅力を失い、軽蔑されるようになります。

 有利な立場にいても、高飛車な態度や、威圧的な感じを与えると、逆効果になってしまいます。あくまでも要領よく、「聡明」と「誠意」のイメージを演出しながら、相手の欲しいものを与え、弱みをうまく利用します。

 成就如来は「聡明」と言いますが、決して、知識や知恵による聡明さではなく、機転がきく、要領が良い、などの「智慧」による頭の良さが必要です。

 また、「誠意」と言っても、相手を痛めつけずに、信用させる、たらしこむ、という、作為的な「誠意」が必要になります。

 

 豊臣秀吉は「人たらし」と呼ばれたくらい、人を動かす天才であり、徹底して要領と方法を用いました。

 常に、力ずくを避け、米の買い占めや水攻めなどの計略で、人的な犠牲を最小限に抑えて戦を勝ち抜きます。

 そして、最後は、実の姉と母親を人質に差し出すと言う、非常手段まで使って「誠意」を示し、遂に天下人となりました。

 貧しい農民出身と言うことになっている、秀吉の生年月日時は、まるで分かりませんが、その成功の秘訣は、まさしく「聡明」と「誠意」であり、成就如来の個性そのものと言うべきです。

 その秀吉も、晩年は「朝鮮征伐」という、ひどく力ずくで強引な暴挙に出て惨敗し、その輝きを失なうとともに、豊臣政権崩壊の原因を作りました。

 やはり、成就如来の人には、要領と方法が最も必要であり、力に頼ると必ず失敗して魅力を失い、すべてを失うことになりかねません。

 

 恋愛や交際の場合も、同様に「聡明」と「誠意」のイメージを前面に出し、相手の求めるものを与え、たらしこみます。

 もし、押しの一手で攻める、強引にくどく、などのやり方を取りますと、かえって自分の魅力を失って失敗するようになります。

 

 

 ◎良い相性     

 

 成就如来には、脇士はいませんが、差使として、孔雀明王がついています。

 孔雀明王は、憤怒の表情を見せる他の明王とは違って、エレガントな慈悲の表情を保ち、その華やかさで、強引なイメージを打ち消し、成就如来の差使をつとめます。

 孔雀明王を守護仏とする人との相性は最高に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても申し分ありません。

 ただし、成就如来の人が「聡明」と「誠意」のイメージを保てませんと、エレガントな孔雀明王の人から見て、まったく魅力を感じられないようになり、何の助けも得られません。

 

 

 ◎悪い相性

 

 地蔵菩薩を守護仏とする人は、要領に頼ることを嫌い、ただひたすらに、一途な思い込みだけで、なりふりかまわず、精一杯努力するだけです。

 ですから、すべて要領と方法に頼る成就如来の人とは相性が悪く、一緒に仕事をしても、いつも方針の違いに悩まされます。

 恋愛の相手としても、その要領の悪さがとうてい我慢できず、相手から見ても、その作為的な「誠意」が純粋さとは程遠いものと映り、不信を買うようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 

 

 ◎守護色

 

 成就如来を代表する、ラッキーカラーは、緑色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、緑色を身に付けるようにすれば、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、地蔵菩薩の守護色である、銀色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 

 ◎守護宝石

 

 緑宝石、つまりエメラルドを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、シンプルなシルバーやプラチナであり、これらを身に付けていますと、要領の良い、聡明なイメージを失い、魅力をなくして、幸運を逃すようになります。

 

 ◎座騎

 

 成就如来の座騎は金翅鳥と言います。鳥ですから、高速で飛ぶことができ、とにかく早く目的地に着くことができます。

 従って、成就如来を守護仏とする人は、できるだけ軽快で、迅速性が高く、スピードが速いイメージを持つ乗物を選ぶことが必要です。

 すると、バスよりは乗用車、乗用車よりは新幹線、新幹線よりは飛行機、その中でも、旅客機より自家用ジェット、ということになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従って、なるべく速く走れるイメージの車を選びます。すると、スポーツカータイプの車がこれに当たり、代表格はポルシェ、ということになります。

 

 「金翅鳥」にあたる車の例を挙げておきますと、

 

 外国車‐ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニ、ロータス、ベンツSL

 トヨタ‐セリカ、ソアラ、MR-S

 日 産‐フェアレデイーZ、スカイラインクーペ

 ホンダ‐NSX、S-2000、インテグラ

 三 菱‐エクリプス、ランサーエボリューション

 マツダ‐RX-8、ロードスター

 

 などが上げられます。

 フェラーリ、ランボルギーニ、ベンツSLなどは、実力はともかく、あまり速く走っているところも見かけないし、ラグジュアリーカーの要素も強いのですが、速いというイメージは十分に持っています。

 

 避けるべき車は、地蔵菩薩の座騎である、「象」のイメージがある車であり、4WDのSUV車などに乗ってはいけません。

 セダンやワゴンタイプでも、ボルボなどのように、やたら頑丈で鈍重なイメージのある車は、軽快感に欠け、魅力を失うので、避けなければなりません。

 また、どんなに速度が速くても、暴走族風の改造車などは、とうてい「聡明」には見えませんので、絶対に乗ってはいけません。

 シルバーに塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

  


 

      C、大日如来〈智慧と迫力〉

 

 大日如来は、正式には毘盧遮那如来と言われ、太陽の象徴であり、宇宙万物の智慧を代表し、金剛界曼陀羅で中央に描かれる密教の主尊です。

 太陽の力と智慧を象徴する、大日如来の個性は、「智慧」と「迫力」という、キーワ

ードで表現されます。

 大日如来を守護仏とする人は、公明正大、かつ、力強く頼もしいイメージで、平等に光を与えるよう行動することによって他人の目に魅力的に映り、成功するようになります。

 最も恐れることは、他人から、臆病、不安、偏向、不公平、弱々しい、頭が悪い、などと思われることで、そうなると、ただ軽蔑されるだけになってしまいます。

 「智慧」というのは単なる知識や、知恵とは異なり、その場その時の状況を、今どうなっていて、どうすべきかを、正しく判断できる力を言います。

 智慧に欠点がなければ、その行ないは常に正しく、何事も人目を気にせず、正々堂々として、コソコソする必要がありません。とは言え、最低のプライバシーは必要で、自分ばかりか、知られたくない他人の秘密まで暴露するようですと、ただバカにされるだけです。

 

 大日如来を守護仏とする人の代表としては、長嶋茂雄氏(昭和11年2月20日午前8時生まれ)が挙げられます。

 いまだに野球選手として最高の地位と人気を維持しておられますが、記録よりも記憶に残る選手と言われるくらい、その明るく開放的なイメージが、戦後の日本に夢と希望を与え、今日の長嶋氏の地位を築いてきました。

 本当は、政治家にこのタイプの人がいたら、素晴らしいリーダーになれると思うのですが、権謀術数の政治の世界では、公明正大な智慧も役に立たないようで、リーダーになる前に消えてしまうようです。

 長嶋氏は奇妙な言動でも知られ「智慧」と言うと、どうかと思われるかも知れません。 しかし、中曽根元首相に家を貸しても、政治の舞台には引きずり出されないところなどを見ると、やはり智慧のある人に違いありません。 

 

 恋愛や交際の場合も、同様に「智慧」と「迫力」のイメージを前面に出し、ストーカーのようにこそこそせず、堂々と正面から口説き、自分の智慧で相手を魅了します。

 まわりくどいやり方や、相手を騙すようなやり方は、魅力を失い、嫌われて失敗します。

 

 ◎良い相性

 

 大日如来には、脇士はいませんが、差使として、不動明王がついています。不動明王の個性は「不動」と「貫徹」ですから、大日如来が「智慧」と「迫力」で成し遂げようとする目標を、不動の心で貫き、やり遂げます。

 従って、不動明王の人との相性は最高に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても申し分ありません。

 ただし、大日如来の人が「智慧」と「迫力」のイメージを保てませんと、不動の心を持つ不動明王から見て裏切りと映り、失敗します。

 

 

 ◎悪い相性

 

 虚空菩薩を守護仏とする人は、智慧や迫力のイメージがなく、ただ非常に豊かな知識と、繊細な神経で、細かい分析と気配りばかりして、大胆な行動は控えます。これは大日如来の人から見ると、歯がゆくてどうにもなりません。

 逆に虚空菩薩の人から見れば、「智慧」と言っても確かな知識の裏づけもなく、気配りやデリカシーもなく、ただカンの鋭さと迫力だけで無謀な行動をするとんでもない人と映ります。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 

 

 ◎守護色

 

 大日如来を代表するラッキーカラーは、透明な白色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、出来るだけ透明感のある、白いものを身につけるようにします。すると、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、虚空菩薩の守護色である黒色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 

 ◎守護宝石

 

 クリスタルつまり水晶、またはダイヤモンドを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、ヘマタイト、モーリオン、などという黒い宝石で、これらを身に付けますと、迫力、力強さ、というイメージを失い、頼りなく感じられ、魅力がなくなって、幸運に見放されます。

 

 

 ◎座騎

 

 大日如来の座騎は白獅子ですから、これは、優秀で機能性の高い乗物であり、しかも迫力があって、乗っている人の威厳を感じさせます。 

 すると、バスよりは乗用車、乗用車よりは新幹線、新幹線よりは飛行機、その中でも、「ひかり」よりは「のぞみ」、ファーストクラスよりもチャーター機、というようなことになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従って、なるべく性能がよく、押し出しの立派なイメージの車を選びます。

 

 「獅子」にあたる車の例を挙げておきますと、

 

 外国車‐メルセデスベンツEクラス・Sクラス、

  BMW5・7シリーズ、アウディA6・A8

 トヨタ‐セルシオ

 日 産‐シーマ、フーガ

 ホンダ‐レジェンド(新型)

 

 などが上げられます。

 塗装はやはり白、それも透明感のあるものが良いでしょう。

 

 避けるべき車は、虚空菩薩の座騎である、蓮のイメージがある車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、など、こういう貧乏臭い車に乗ってはいけません。 黒色に塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

                           


 

D、宝生如来〈実践と行動〉

 

 宝生如来は、正式には開敷華王如来と言われ、宝勝如来などの別称でも呼ばれます。密教五方仏の中の南方仏であり、南方歓喜世界をつかさどります。なお、金剛界曼陀羅では、向かって左側に描かれております。

 宝生如来の個性は「実践」と「行動」と言うキーワードで表現されます。日頃から考えたことを計画倒れで終わらせず、必ず行動に移し、実践することにより、人々に魅力を感じさせるようになります。

 最も恐れることは、理想や野望がただの希望だけで終わることであり、空想や夢想に走ることがあったら、人々から軽蔑され、相手にされません。

 計画は必ず行動して実践し、約束は必ず守り、行動できない計画や実践できない約束は絶対にしてはいけません。

 考えたことが、常に「実践」や「行動」につながるようになるためには、必ず、学問や知識が必要になり、地に足の着いた現実感覚を持って努力目標を定め、一生懸命勉強しなければなりません。

 宝生如来を守護仏とする人は、本来持つ個性に忠実である限り、その「行動力」と 「実践力」によって、一生、金銭や財産に恵まれます。

 

 台湾の前総統、李登輝氏(1923年1月15日22時生まれ)は、1988年、中華民国総統に就任。それまで、外省人と呼ばれる大陸出身者に牛耳られていた台湾を、本省人と自負する台湾人の手に取り戻すとともに、改革路線を引き継ぎ、民主化路線を推進、今日の台湾の繁栄を築きました。 日本による台湾当地時代は、京都帝国大学などで学び、帝国陸軍少尉として終戦を迎えたこともあって、親日路線を貫き、日本をモデルにした経済発展政策は大成功を修め、外貨準備高で日本を追い越すまでになりました。

 学者としての専門分野は農業経済学であり、米のアイオワ州立大学で修士、コーネル大学で博士号を取得、米国に人脈をつくり、総統就任後も訪米して、中国との軋轢で物議をかもします。

 民主化と独立の志向は、学者時代から一貫しており、一時は当局に身柄を拘束されますが、蒋経国総統に認められ、国民党に入党、台湾市長、副総統を経て、ついに総統に就任し、専門の経済学を活かし、台湾の経済発展を促進します。

 任期終了後は、元国民党主席でありながら、野党の陳水扁現総統を応援し、中国からの独立の機運をさらに盛り上げました。

 李登輝氏の「行動」と「実践」は、宝生如来の個性に全く忠実であり、自分ばかりか、国民全体が金銭に恵まれるようになりました。

 なお、総統選挙の際、李登輝氏のイメージカラーは黄色であり、自ら黄色のTシャツを着て、選挙戦を戦いました。

 台湾では、守護仏または、守護尊、という考え方は、それほど特殊なものではないので、おそらく、李登輝氏は自分の守護色を知っていたのでしょう。

 

 恋愛の場合も、相手の求めるものを、行動と実践を通じて実現し、与えることにより、相手を魅了します。

 できもしない、甘い言葉をいくらささやいても何の効果もありません。未来の約束は、必ずできることだけ。夢や理想も、実現に至る方法がはっきりしていて、すでに行動に移っていることだけにとどめるべきです。

 

 ◎良い相性

 

 宝生如来には、脇士はいませんが、差使として、軍荼明王がついています。軍荼明王の個性は、「勇気」と「決断」であり、宝生如来の行動と実践を先頭に立って実現します。つまり、軍荼明王の人との相性は最高に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手として申し分ありません。

 ただし、宝生如来の人が「行動」と「実践」のイメージを保てませんと、勇気と決断の軍荼明王の人から見て、口先だけの人間と見られ、失敗します。

 

 ◎悪い相性

 

 弥勒菩薩を守護仏とする人は、「行動」や「実践」のイメージが無く、ただ行き当たりばったり、やりたい放題、言いたい放題で、馬鹿丸出しとしか見えません。

 逆に、「豪快」と「開放」がモットーの弥勒菩薩の人から見れば、宝生如来の人は、確実さばかり求めて、夢もロマンもありません。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 宝生如来を代表するラッキーカラーは、黄色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、黄色いものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。さきほどの李登輝氏は、黄色を選挙のイメージカラーにして、成功しました。

 もし、弥勒菩薩の守護色である、ピンクを身に付けますと、誠実なイメージを失い、魅力がなくなって、幸運が逃げてしまいます。

 

 ◎守護宝石

 

 黄玉石、つまり、トパーズを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。ただ、美しい黄色のトパーズはかなり稀少ですから、ヘリオドールというベリルの一種でも良いでしょう。

 避けるべき貴金属は、モルガナイト、ルベライトなどというピンク色の宝石類で、これらを身に付けますと、「行動」と「実践」というイメージを損ね、運を悪くします。

 

 ◎座騎

 

 宝生如来の座騎は馬です。駿馬とは言っても、昔から、馬というのはごく普通の乗物で、一人で一頭に乗るものですから、選ぶべき乗物は、一般性の高い、パーソナルな乗物、ということになります。

 すると、タクシーよりは、電車、電車よりも新幹線、旅客機よりも新幹線、新幹線よりもマイカー、乗用車よりもバイク、ということになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく、一般的な車を選ぶべきで、高性能車、ラグジュアリーカー、スポーツカー、などの車は、一応除外して考えます。

 一般的な車ですから、非常に多くの車種があり、選ぶのには困ることがありません。

 

 「馬」にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐VWゴルフ、アウディA3、BMW3シリーズ 

 トヨタ‐カローラ、カムリ、プリウス、プレミオ、マークX

 日 産‐プリメーラ、ブルーバード、ラティオ、ティーダ

 ホンダ‐シビック、アコード、インスパイア、エディックス

 三 菱‐ギャラン、ディアマンテ、ランサー

 マツダ‐ベリーサ、アクセラ、アテンザ

 スバル‐レガシイ、インプレッサ、フォレスター

 

などが、あげられます。

 

 ベンツCクラスなどは、スペック的には「馬」に分類できるのですが、意図的に上位クラスの雰囲気を残しており、ここには入れておりません。

 

 避けるべき車は、弥勒菩薩の座騎である「蓮」のイメージがある車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、コンパクトカー、など、大勢で乗れるような車や、貧乏臭い車に乗ってはいけません。

 ピンクの塗装や内装、アクセサリー類もさけるべきです。

 

  


 

      E、阿弥陀如来     〈従順と救済〉

 

 阿弥陀如来は、正式には無量寿光如来と言われ、永光如来、無量寿仏、などの別称でも呼ばれます。密教五方仏のなかの西方仏として、西方の極楽世界をつかさどり、金剛界曼陀羅で上側に描かれます。

 阿弥陀如来の個性は「従順」と「救済」というキーワードで表現され、日頃から他人に対して、優しく、柔らかく、温和しく、慈しみ深く、人情深く、同情心を持って、接しなくてはいけません。

 決して、人に対して、厳しく接してはならず、高圧的、反抗的、暴力的な態度や行動はさけるべきです。

 たとえ、優柔不断と見られてもかまいませんから、毅然とした態度は取らず、「救済」というイメージに適うように、困っている人を見たら、迷わず、精一杯助けてあげることです。

 仕事の時も、こちらから腰を低く接し、相手が困っていたら、高飛車に出ることなく、助けてあげます。すると、こちらの立場が悪いときでも、今度は相手が、自分を助けてくれるようになります。

 誰でも、人を助けてあげると、お礼を求めないまでも、つい恩着せがましい事を言ったり、偉そうな態度に出たりしがちなものですが、かえって逆恨みされることが、よくあります。

 阿弥陀如来の人は、特にそんな態度を取るのは避けるべきで、さもないと、大きくイメージを損ねて魅力を失い、失敗するようになります。 

 

 阿弥陀如来を守護仏に持つ有名人は、知る限りでは非常に少なく、十二人に一人という出現確率から考えて、単なる偶然とは思えません。

 なぜそうなるかと、考えますと、政界、財界、芸能界、などは、競争によって淘汰される世界ですから、阿弥陀如来の個性を貫くのが難しいのかも知れません。

 しかし、もともと人々の「救済」を目的とする、医療、教育、宗教、ボランティア、芸術、などの分野は、競争ばかりしているわけではなく、阿弥陀如来の個性を持った人が最も活躍できる世界です。

 日本画家の故東山魁夷氏(1908年7月8日正午12時生まれ)は、温厚な人柄で知られ、特に映像に登場する氏の姿は、いかにも温和でやさしいものです。

 その印象は、この人が描いた絵にはその人柄がにじみ出てやさしさが伝わってくる、という風にフィードバックされます。

 絵の実力以上に、温和でやさしい人、というイメージ作りの成功が、国民的画家、日本画壇の最高峰に至る助けになったように思えます。

 

 恋愛や交際でも、いつも下手に出て、相手の機嫌をとり、できるだけ相手の言いなりになり、相手が困ったときには、やさしく助けてあげます。厳しい態度や、強引なやり方をとりますと、魅力を失い、失敗するようになります。

 

 ◎良い相性

 

 阿弥陀如来には、観音菩薩と勢至菩薩という二柱の仏様が、脇士としてついています。 観音菩薩は、「慈悲」と「余裕」で阿弥陀如来の「救済」を助けて実現し、勢至菩薩は、「威勢」と「正義」で、阿弥陀如来を守り「救済」を実現します。

 つまり阿弥陀如来の人と、非常に相性が良く、一緒に仕事をする相手としても、恋愛や結婚の相手としても、申し分ありません。

 

 ◎悪い相性

 

 阿弥陀如来の人から見て、普賢菩薩の人は「従順」や「救済」のイメージがなく、いつも偉そうに人の上に立ち、他人を意のままに動かそうとしているように見えます。

 逆に、普賢菩薩の人から見れば、阿弥陀如来の人は、おとなしくて、従順で、頼りなく、そのくせ、穏やかに物事をまとめて、他人をよく助けるので周囲から尊敬を集め、指導好きな自分の、意のままにもなりません。

 仕事を一緒にすればいつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、逢うごとに喧嘩ばかりするようになります。と言っても、普賢菩薩の人が一方的にお説教するのですが。 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえってこれ以上無い、良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 阿弥陀如来を代表するラッキーカラーは、赤色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、赤いものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、普賢菩薩の守護色である、茶色を身に付けると、優しいイメージを失って、近づきにくくなり、魅力がなくなって、幸運が逃げてしまいます。

 

 ◎守護宝石

 

 紅宝石、つまり、ルビーを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。ただ、美しい赤色のルビーは稀少で高価ですから、紅色の美しいものなら、ガーネットも良いでしょう。

 避けるべき貴金属は、猫目石、虎目石などと言う、茶色の宝石類で、これらを身に付けると、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 ◎座騎

 

 阿弥陀如来の座騎は、孔雀です。つまり非常に美しく、豪華で、耽美性の高い、平たく言えば、派手できれいな乗物を選ぶようにします。

 すると、バスや電車などよりは、ハイヤー。新幹線に乗るならグリーン車か個室、飛行機ならファーストクラス、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく派手で豪華な車を選びます。

 この分野は、まだまだ日本車が苦手な分野であり、ドイツ車も、合理主義で、高性能ばかり追求して、豪華さや優美さとなると、イギリス車にはかないません。

 

 孔雀にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン(イギリス)

       キャデラック、リンカーン(アメリカ)

       フェラーリ、マゼラーティー(イタリア)

       マイバッハ(米独)

 トヨタ‐センチュリー、クラウンマジェスタ、ソアラ

 日 産‐プレジデント

 

などがあげられます。

 

 避けるべき車は、普賢菩薩の座騎である、「象」のイメージがある車であり、4WDのSUV車などに乗ってはいけません。

 セダンやワゴンタイプでも、ボルボなどのように、やたら頑丈で鈍重なイメージのある車は、重苦しいイメージを人々に与え、魅力を失います。

 茶色に、塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

        


 

   F、薬師如来〈理性と厳粛〉

 

 薬師如来は、正式には、薬師瑠璃如来と言われ、阿 如来、不動如来、などの別称で呼ばれます。密教五方仏のなかの東方仏であり、東方妙喜世界をつかさどり、金剛界曼陀羅では、下側に描かれております。

 薬師如来の個性は、「理性」と「厳粛」というキーワードで表現され、日頃から、理性を働かせ、何事も冷静に、考えて行動し、自分に厳しく、他人にも安易な妥協をせず、ものごとに対して、厳しく対処しなければなりせません。

 もしも、薬師如来の人が、感情的、妥協的、衝動的、と受け取られるような態度をとりますと、イメージが悪くなり、魅力を失って、他人から軽蔑されるようになります。 つまり、どんな場合でも、あわてたり、興奮したり、やたらに融通をきかせたりしてはいけません。

 こういう態度を貫くためには、まず、主張することに筋が通っていなければなりません。さもないと、ただのごり押しと見られてしまいます。つまり、常に「理性」をもって、冷静に物事を判断しないと、厳しさにはつながりません。

 

 小沢一郎氏(1942年5月24日14時生まれ)は、政界でも非常に厳しい人とされ、妥協しないことで知られています。

 他人ばかりか自分にも厳しく、海部辞職後の首相に指名されますが、健康不安もあって辞退、最近も、年金未納問題を理由に、民主党代表就任を辞退するなど、望めば手に入るトップの座に就こうとしませんでした。

 日本の政界では唯一の、ビジョンを持った政治家として知られ、小選挙区制、副大臣制、有事法制、消費税の福祉目的税化、地方分権、規制緩和、官僚支配から政治主導への転換、集団的自衛権、海外派兵など、今日の課題のほとんどは十年以上前に、小沢一郎氏によって提案されたものです。

 細川政権の時に、小沢主導で打ち出された「国民福祉税構想」は、年金破綻が現実になった今になってみれば、あの時やっておけばと思える制度でしたが、当時は説明不足のために、マスコミのバッシングを受けて、葬られました。

 その一方、「豪腕」などと揶揄され、新党を作ってはつぶし、連立政権を組んでは解消する、分かり難さが、薬師如来の個性である「理性」のイメージとは、離れてしまっています。

 小沢一郎氏が、もっと薬師如来のあるべき個性を発揮し、誰が見ても理性的と思えるように、分かりやすくその政策を説明し、より厳しく、そのビジョンを現実化して来れば、今日の、日本の混迷はなかったかも知れません。

 

 薬師如来を守護仏とする人は、仕事のときでも、やたらに頭を下げたり、腰を低くするのではなく、冷静に物事を判断し、有利不利を問わず、厳しく取り決めを実行します。 こちらの立場が弱い場合でも、きちんと筋が通っていれば、普段からきちんと取り決めを実行しているので、無理を通すことができます。

 恋愛や交際の場合でも「理性」と「厳粛」のイメージを通し、相手をしっかりと見守ります。そして、トラブルに遭ってもあわてない、自分の考えがはっきりしている、相手の意見を理性的に受け入れる、ことが大切です。

 あまり、ムードがない、と心配するかも知れませんが、薬師如来の人に限っては、これが最善の方法で、しっかりと、自分の魅力を相手に感じさせることができます。

 

 ◎良い相性

 

 薬師如来には、地蔵菩薩と金剛菩薩という、二柱の仏様が、脇士としてついています。 地蔵菩薩の個性は「純真」と「無心」であり、薬師如来の「理性」と「厳粛」をしっかりと受けとめることができ、利害などを度外視した、正しい忠告をしてくれます。

 金剛菩薩の個性は「積極」と「進取」であり、薬師如来の「理性」に基づく理想を実現する実行力を持ちます。

 つまり、地蔵菩薩や、金剛菩薩を守護仏とする人との相性は非常に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても、申し分ありません。

 

 ◎悪い相性

 

 勢至菩薩を守護仏とする人は「理性」や「厳粛」というイメージがなく、ただ勢いに乗ってやたらに正義ぶるだけで、自分の考えを、意のままに相手に押しつけようとしているように見えます。

 逆に「威勢」と「正義」を個性とする、勢至菩薩の人から見れば、薬師如来の人は、妙に分別臭くて、正義感の衝動が弱く、行動が遅い人に見えます。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、逢うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もし自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ないくらいの、良い関係になる場合もあります。

 

 ◎守護色

 

 薬師如来を代表する、ラッキーカラーは、濃い青色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、青いものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、勢至菩薩の守護色である、水色を身に付けると、「理性」のイメージを失って、衝動的になり、魅力がなくなって幸運を逃します。

 

 ◎守護宝石

 

 藍宝石、つまり、サファイアを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。ただ、濃い青色のサファイアは稀少で高価ですから、青色の美しいものなら、ラピスラズリ(瑠璃)も良いでしょう。

 避けるべき貴金属は、アクアマリアン、ターコイズなどと言う、水色の宝石類で、これらを身に付けると、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 ◎座騎

 

 薬師如来の座騎は「象」です。つまり、重量感が豊かで強そうなイメージがあり、頑丈で、安全性の高い乗物を選ぶようにします。

 すると、タクシーや乗用車よりは、バス、バスよりも新幹線、新幹線よりも、ジャンボジェット、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく重量感のある強そうな車を選びます。

 象にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ランドローバー・レンジローバー(イギリス)

        ベンツMクラス・Gクラス、BMWXシリーズ(ドイツ)

        フォードエクスプローラー、ジープチェロキー(アメリカ)

 トヨタ‐ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、クルーガー

 日 産‐サファリ

 ホンダ‐CR―V、MDX、クロスロード

 三 菱‐パジェロ

 マツダ‐トリビュート

 

 などが、あげられます。

 

 避けるべき車は、勢至菩薩の座騎である、孔雀のイメージがある車であり、あまり、華美な車や、ぜいたくな車に乗ってはいけません。つまり、ロールスロイス、フェラーリ、キャデラック、クラウンマジェスタ、などは避けるべきです。ベンツSクラスなど、大きくて武骨な車でも、贅沢に見えるものは避けたほうが良いでしょう。

 水色に、塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

G、観音菩薩〈余裕と慈悲〉

 

 観音菩薩は正式には、観自在菩薩と言われ、観世音菩薩、観音媽、などの別称でも呼ばれます。

 密教八大菩薩の筆頭であるとともに、中国では、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、とともに、四大菩薩と呼ばれ、なかでは「大悲」をあらわすものとされます。

 観音菩薩の個性は「余裕」と「慈悲」というキーワードで表現され、「観自在」と言われるように、自由で何ものにも縛られず、ゆとりを持ち、「大悲」と言われるように、優しさと悲しみを持って、衆生を救済します。

 観音菩薩を守護仏に持つ人は、ゆとりを持って自由自在に人生を楽しみ、人々には、優しさと悲しみを持って接するようにすれば、大いに、自分の魅力を発揮できるようになります。

 いつもこちらから余裕を持って接し、相手に困ったことがあれば助け、苦しいことや悲しいことがあれば、相手の心を癒し、「余裕」と「慈悲」のイメージを演出します。

偽善者などと言われても、気にすることはありません。

 

 歌手のさだまさし氏(1952年4月10日午前10時生まれ)は、日本的な叙情を含んだ歌詞とメロディーが特徴的なフォークソングデュオでデビューしました。

 後にソロ活動に入り、「あまやどり」(1977)「関白宣言」(1979)などの、ややコミカルな内容の曲が大ヒットし、「やさしさ」を売りものにした路線で、トップ歌手に成長しました。

 日露戦争の激戦を描いた映画「二百三高地」(1980年)では「海は死にますか」と、反戦めいた主題歌を歌い、このころから、さだまさしファンと、「偽善」よばわりするさだ嫌いとがはっきり分かれるようになってきます。

 これをきっかけに、また、長崎出身であることもあって、次第に反戦平和というスタンスを加え、最近では、ナガサキピースミュージアム建設の募金活動、なども行なっています。

 平和活動と言っても、表だってイラク派兵などに反対したり、政府ににらまれるようなことはしない穏健派ですから、ファンにとっては、安心して応援できるようですが、嫌いな人からは、「偽善」と映るようです。

 さだまさし氏は、ファンから見れば、観音菩薩の個性に忠実に活動しており、人気があるのも当然です。

 しかし、嫌いな人から見ますと、そうは見えないので、反感を買うのも、また仕方がありません。だからと言って、現在のスタンスを変えてしまえば、今あるファンも失ってしまうでしょう。

 必要なことは、やはり観音菩薩の個性である「余裕」と「慈悲」のイメージをより強く出すことで、批判されたからと言って、感情的な反論などはせず、ゆとりを持って受け入れる「余裕」が必要であり、困った人を見たら積極的に助ける「慈悲」を見せることです。

 

 観音菩薩を守護仏とする人は、恋愛する場合でも、余裕を持って相手のわがままを許し、慈悲を持って相手を優しくいたわり、相手の困難を見たら必ず助けなければなりせん。これらが、そのまま自分の魅力につながり、恋愛を成功させます。

 

 ◎良い相性

 

 観音菩薩は、阿弥陀如来の脇士であり、阿弥陀如来の「救済」を助け、その理想を実現します。

 阿弥陀如来を守護仏とする人との相性は、非常に良く、一緒に仕事をする相手としても、恋愛や結婚の相手としても、申し分ありません。

 阿弥陀如来の場合は、その個性に忠実であるかぎり、「偽善」などと言われることがありませんから、誤解を避けるためにも、阿弥陀如来の人と組んで活動することが、効果的です。

 同じく阿弥陀如来の脇士である勢至菩薩の人とも相性が良いはずですが、一種のライバル関係とも言えますから、阿弥陀如来の人を抜きにすると、考え方の違いがはっきり出て、案外うまく行きません。

 

 ◎悪い相性

 観音菩薩を守護仏とする人からみて、三世明王を守護仏とする人には、「余裕」と 「慈悲」というイメージが全然感じられず、何事にも関心がなく、人を助けるでもなく、ただ受け入れるだけ、という風に見えます。

 また、三世明王の人から観音菩薩の人を見れば、「淡泊」や「寛大」というイメージに欠け、妙にゆとりがあって、高いところから人に同情して、自分勝手に他人を助ける観音菩薩の人は、何か偽善者めいて見えます。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛すれば、逢うたびに喧嘩ばかりするようになります。と言っても、三世明王の人の寛大さで、何とか続いて行くか、淡泊さのために、あっさり別れてしまうようになりがちです。

 

 

 ◎守護色

 

 観音菩薩を代表する、ラッキーカラーは、藤色(うす紫)であり、日頃から、または、ここ一番の大舞台で、たとえワンポイントでも、藤色のものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、三世明王の守護色である、ピンクを身に付けますと、「余裕」や「慈悲」のイメージを失い、魅力がなくなってしまいます。

 気をつけることは、藤色のなかでも、ピンクに近いものは避け、やや青みが勝ったうす紫を使うようにします。

 

 ◎守護宝石

 

 クンツァイト(丁香石)、シベライト(紫電石)、などと言う、うす紫色の宝石を、普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。 クンツァイトのほうが、やや高価ですが、イメージ通りのうす紫色のものが手に入ります。

 避けるべき貴金属は、三世明王の守護宝石である、スピネル、コーラル(珊瑚)などと言う、ピンク色の宝石類で、これらを身につけますと、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 ◎座騎

 

 観音菩薩は、阿弥陀如来の脇士であり、阿弥陀如来と同じく、座騎は孔雀です。つまり非常に美しく、豪華で、耽美性の高い、平たく言えば、派手できれいな乗物を選ぶようにします。

 すると、バスや電車などよりは、ハイヤー。新幹線に乗るならグリーン車か個室、飛行機ならファーストクラス、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく派手で豪華な車を選びます。

 この分野は、まだまだ日本車が苦手な分野であり、ドイツ車も、合理主義で、高性能ばかり追求して、豪華さや優美さとなると、イギリス車にはかないません。

 

 孔雀にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン(イギリス)

       キャデラック、リンカーン(アメリカ)

       フェラーリ、マゼラーティー(イタリア)

       ベンツSL、マイバッハ(ドイツ)      

 トヨタ‐センチュリー、クラウンマジェスタ、ソアラ

 日 産‐プレジデント

 

などが、あげられます。

 

塗装は、やはりうす紫色が良いでしょう。あまり設定がありませんが。

 

 避けるべき車は、三世明王の座騎である、「蓮」のイメージがある車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、など、こういう分貧乏臭い車に乗ってはいけません。 ピンク色に塗装された車も避けたほうが良いでしょう。


 

 

      H、地蔵菩薩〈純真と無心〉

 

 地蔵菩薩は、正式には、地蔵王菩薩と言われ、虚空庫菩薩、月光菩薩、などの別称でも呼ばれます。

 密教八大菩薩の一菩薩であるとともに、中国では、観音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、とともに、四大菩薩と呼ばれ、なかでは「大願」をあらわすものとされます。

 地蔵菩薩の個性は「純真」と「無心」というキーワードで表現され、「地蔵王」と言われるように、いつも地獄に居て、「大願」と言われるように、地獄にいる人々が、一人残らず救われないかぎり、自分も地獄から出ないという、誓いを心に秘めています。

 地蔵菩薩を守護仏に持つ人は、「純真」と「無心」というイメージを表面に出し、かけひきや、要領などは使わず、何の思惑もなく、ただ、あるがままの自分をアピールします。

 地蔵菩薩の人が、何かで駆け引きをしたり、不純な動機で何か企んだり、まごころを失って要領ばかり使ったりしますと、たちまち、人々から軽蔑されるようになります。

 第二次大戦終結後の昭和二十年九月二十七日、昭和天皇(1901年4月29日22時ご生誕)は、アメリカ占領軍のマッカーサー元帥を初めて訪ねられ、次のような言葉を発せられたことが、後に公表されました。

 「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした」

 「今回の戦争の責任は全く自分にあるのであるから、自分に対してどのような処置をとられても異存はない」

 さらに、飢餓に瀕した国民を救うための食料援助を求められ、皇室財産の提供を申し出られたといいます。

 これを聞いたマッカーサー元帥は、非常に驚き、感動し、昭和天皇を尊敬するようになったと、回想録に記しています。

 死刑も免れないような状況で、全責任を取る、というのですから、とうてい演技や駆け引きでできるようなことではありません。

 昭和天皇の態度は、地蔵菩薩の個性である「純真」と「無心」そのもので、何とか国民を救いたいという「大願」を表現されています。

 

 地蔵菩薩を守護仏とする人は、その個性に忠実であれば、ともすれば、世間知らずとか、要領が悪い、などと思われがちです。しかし、実はそれが最善のやりかたであることは、まちがいありませんし、結果も自ずと付いてくるものです。

 仕事をするときでも、ただ、双方にとっての最大のメリットだけを考えて、ことを運びます。こちらの立場が有利なときでも、駆け引きで利益を上げようなどとせず、立場が不利なときでも、「まごころ」で応対すれば、必ず相手の支持を得られます。

 恋愛の場合でも、愛情と「まごころ」で、相手を温かく見守り、駆け引きや要領、気を引くような手立てなどは使わないことです。

 

 

 ◎良い相性

 

 地蔵菩薩は、薬師如来の脇士であり、薬師如来を守護仏とする人とは、最も相性が良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても。申し分ありません。

 金剛菩薩もまた、薬師如来の脇士ですから、相性が悪いことはないはずですが、一種のライバル関係という側面もあり、薬師如来抜きでは、考え方の違いがはっきり出て、必ずしも良い関係とは言えません。三人一組なら、もちろん、全く問題ありません。

 薬師如来の「理性」と「厳粛」という理想に対して、金剛菩薩は、やや強引に理想を実現しようとする推進役、地蔵菩薩は、それが本当にすべての人に利のある最善の方法かを検証する抑制役を果たします。

 

 ◎悪い相性

 

 成就如来を守護仏とする人はの個性は「聡明」と「誠意」と言いますが、地蔵菩薩の人から見れば、要領よく、うまい方法を使って立ち回るだけで、「純真」や「無心」というイメージが感じられません。

 成就如来の人から見れば、地蔵菩薩の人は、ただ思い込みで、ひたすら努力するだけで、要領も何もない、馬鹿のように見える、やりにくい相手としか映りません。

 一緒に仕事をしようとすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛の相手とすれば、逢うたびに、喧嘩ばかりするようになります。

 ただし、もしお互いに相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない、良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 地蔵菩薩は、月光菩薩とも呼ばれるように、代表するラッキーカラーは、月光をイメ

ージする銀色(シルバー)です。

 日頃から、または、ここ一番の大舞台で、たとえワンポイントでも、銀色を身に付けるようにすれば、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、成就如来の守護色である、グリーンを身に付けますと、「純真」「無心」というイメージを損ね、魅力を失って、幸運を逃すようになりす。

 

 ◎守護宝石

 

 地蔵菩薩の守護色は銀色(シルバー)ですから、守護宝石も、白金(プラチナ)か、銀(シルバー)になります。これらを普段から身に付けていますと、魅力を感じさせ。幸運を呼ぶようになります。

 避けるべき貴金属は、成就如来の守護宝石である、エメラルドやトルマリンなど、緑色の宝石類で、これらを身に付けますと「純真」のイメージを失って、魅力をなくし、運が悪くなってしまいます。

 

 ◎座騎

 

 地蔵菩薩は、薬師如来の脇士であり、座騎は薬師如来と同じく、象です。つまり、重量感が豊かで強そうなイメージがあり、頑丈で、安全性の高い乗物を選ぶようにします。 すると、タクシーや乗用車よりは、バス、バスよりも新幹線、新幹線よりも、ジャンボジェットなどを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく重量感のある強そうな車を選びます。

 象にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ランドローバー・レンジローバー(イギリス)

       ベンツMクラス・Gクラス、BMWXシリーズ(ドイツ)

       フォードエクスプローラー、ジープチェロキー(アメリカ)

 トヨタ‐ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、クルーガー

 日 産‐サファリ

 ホンダ‐CRV

 三 菱‐パジェロ

 マツダ‐トリビュート

 

などが、あげられます。

 塗装は、やはりシルバーが良いでしょう。

 

 避けるべき車は、成就如来の座騎である、金翅鳥の車であり、軽薄なイメージがある、スポーツカータイプの車は、避けるべきです。

 緑色に、塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

 

 

  

 

 

   I、金剛菩薩〈積極と進取〉

 

 金剛菩薩は、正式には、金剛手菩薩と言われ、日光菩薩、の別称でも呼ばれ、密教八大菩薩の中の一菩薩です。

 金剛菩薩の個性は「積極」と「進取」というキーワードで表現されます。

 金剛菩薩を守護仏に持つ人は、目的を積極的に追い求め、手に入れるまであきらめずに、がんばり通す気迫が魅力になります。

 最も恐れることは、内気、とか消極的などと見られることですが、その通り積極的に行動しますと、今度は、どん欲とか、強引、などと評価されがちです。が、気にしてはいけません。

 金剛菩薩を守護仏とする人にとって、品位、教養、評判、などといった世間体はどうでも良く、中途半端で目的を追い求めることをあきらめたり、手に入りかけた収穫目標を手放したりしますと、かえって人々から見放されます。

 あらゆる、屈辱や重い責任を耐え忍び、自分にしかできないという自負をもって、目的を達成しなければなりません。

 

 米マイクロソフト社の創始者の、ビルゲイツ氏(1948年6月7日16時生まれ)は、世界一の資産家でありながら、仕事の虫で、朝8時には会社に出て、夜10時くらいまでは、必ず働くと言います。

 中学時代にはGE社のコンピュータに不正侵入するなど、早くも才能を表わし、ハーバート大学時代に、マイクロソフト社を創業します。

 IBM社がパソコンの開発を開始すると、他社のシステムを密かに取得し「QDOS」と名付けて、IBMのパソコンに便乗し、パソコンとインターネットの歴史的独占市場を手中にしました。

 その市場独占ぶりは、世界中から訴訟を起こされ、米当局からは、会社の分割を命令されましたが従わず、法廷闘争を繰り広げました。

 ビルゲイツ氏の方針は、どん欲であることは間違いないし「積極」的なのも確かです、「進取」というと、確かに新しい産業と市場を開拓しましたが、必ずしも、自分たちで開発したわけでもない技術を、とにかく権利を取って、利益を独占する、というやり方が目立ちます。

 これからの、ビルゲイツ氏=マイクロソフト社は、既得権の防御ばかり考えないで、もっと自社技術のレベルを上げ、フリーズばかりするパソコン(ソフト)も何とかしてもらいたいものです。

 

 金剛菩薩を守護仏とする人は、仕事をする場合でも、ビルゲイツ氏のように、どんどん新しい分野に取り組み、朝から晩まで、どん欲に働き、目的を積極的に追い求め、がんばり通す気迫が必要です。

 そして、立場の有利、不利に関わらず、相手側の都合よりも、双方にとっての最大のメリットだけを追求すれば、何でもうまく行きます。

 恋愛の場合でも、とにかく積極的にアタックし、強引な手段も使い、失敗を恐れずに、自己表現すれば、どんどん自分の魅力をアピールできます。何か新しい方法があったら積極的に取り入れます。

 

 

 ◎良い相性

 

 金剛菩薩は、地蔵菩薩と共に、薬師如来の脇士ですから、薬師如来の人との相性は一番良く、一緒に仕事をする相手としても、恋愛や結婚の相手としても、申し分ありません。

 同じ脇士の地蔵菩薩の人との相性も良いはずですが、一種のライバルとも言えますし、薬師如来抜きでは、考え方の違いがはっきりしてしまい、必ずしも良い関係とは言えません。もちろん、薬師如来の人を含むグループなら力を合わせて物事に取り組めます。

 

 ◎悪い相性

 

 金剛菩薩を守護仏とする人から見ますと、釈迦如来を守護仏とする人は、「積極」や「進取」のイメージがなく、上品ぶって、なかなか行動せず、世間体ばかり気にしているように見えます。

 釈迦如来の人から見れば、金剛菩薩の人は、「高貴」や「品位」に欠け、ただ目的に向かって手段を選ばず、どん欲に、ガツガツしているように見えます。

 一緒に仕事をしても、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、逢うたびに喧嘩ばかりするようになります。

 ただし、もしお互いに相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない、良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 金剛菩薩を、代表するラッキーカラーは、金色(ゴールド)です。日頃から、または、ここ一番の大舞台で、たとえワンポイントでも、金色を身に付けるようにすれば、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、釈迦如来の守護色である、紫を身に付けますと、「積極」「進取」というイメージを損ね、魅力を失って、幸運を逃すようになりす。

 

 ◎守護宝石

 

 金剛菩薩の守護色は金色ですから、守護宝石も、金(ゴールド)か金緑石(アレキサンドライト)になります。これらを普段から身に付けていますと、魅力を感じさせ。幸運を呼ぶようになります。

 避けるべき貴金属は、釈迦如来の守護宝石である、アメジストなど、紫色の宝石類で、これらを身に付けますと「積極」「進取」のイメージを失って、魅力をなくし、運が悪くなってしまいます。

 

 ◎座騎

 

 金剛菩薩は、薬師如来の脇士であり、座騎は薬師如来と同じく、象です。つまり、重量感が豊かで強そうなイメージがあり、頑丈で、安全性の高い乗物を選ぶようにします。 すると、タクシーや乗用車よりは、バス、バスよりも新幹線、新幹線よりも、ジャンボジェットなどを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく重量感のある強そうな車を選びます。

 「象」にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ランドローバー・レンジローバー(イギリス)

       ベンツMクラス・Gクラス、BMWXシリーズ(ドイツ)

       フォードエクスプローラー、ジープチェロキー(アメリカ)

 トヨタ‐ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、クルーガー

 日 産‐サファリ

 ホンダ‐CR―V、クロスロード、MDX

 三 菱‐パジェロ

 マツダ‐トリビュート

 

などが、あげられます。

 塗装は、やはりゴールドが良いでしょう。

 

 避けるべき車は、釈迦如来の座騎である、「蓮」の車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、コンパクトカー、など、大勢で乗れる車や、貧乏臭い車に乗ってはいけません。

 紫色に、塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

 

 

  

 

 

  J、虚空菩薩〈博識と繊細〉

 

 虚空菩薩は、正式には虚空蔵菩薩といわれ、虚空孕菩薩とも呼ばれ、密教八大菩薩の中の一菩薩です。

 虚空蔵というのは、知識を限りなく貯えているという意味であり、虚空菩薩の個性は、「博識」と「繊細」というキーワードで表現されます。

 虚空菩薩を守護仏に持つ人は、大いに学習して、頭脳に目一杯知識を貯え、ものごとや人々に対して、細かすぎるとか、神経質と言われるくらいの「繊細」さが必要です。

 最も恐れることは、人々から、無神経とか、無知、などと思われることで、逆に、いつも細かい気配りをすることで、人々から認められます。

 対人関係における「繊細」さは、時には相手にとってひどいプレッシャーとなる場合もありますから、できるだけ相手には気を使わせないような、さりげない気配りでなくてはいけません。

 

 虚空菩薩の個性は「博識」と「繊細」ですから、多くの有名人のタイプとは全く異なります。

 現代の日本で有名になるには、テレビに出ることが一番ですが、虚空菩薩を守護仏とする人は、学者のなかでも、テレビ出演など嫌う、本物の学究タイプの人に限られます。

 

 『密教秘伝・西遊記』の著者、故張明澄先生(1934年3月20日23時生まれ)は、まさに「博識」と「繊細」そのものの方で、その専門とする学問範囲は、「漢学」「経済学」「中国医学」「南華密教学」「人生性型理学」と非常に多岐にわたっておられました。

 『密教秘伝・西遊記』など、著書をお読みになった方なら、その博識ぶりは十分に理解できるでしょう。 

 また、「現代の日本で幸せに暮らしたかったら、絶対にテレビに出てはならない」というのが口癖で、実際、一回だけのテレビ出演の後、絶対にテレビには出られませんでした。 

 

 虚空菩薩を守護仏とする人は、恋愛や結婚の場合も、「博識」と「繊細」を前面に出し、豊かな知識と細かい神経で相手を心服させ、気配りや思いやりで相手をその気にさせ、自分の魅力を発揮させるべきです。

 

 

◎良い相性

 

 虚空菩薩には、愛染明王という差使がついております。虚空菩薩を守護仏とする人は、愛染明王を守護仏とする人との相性が非常に良いものです。

 愛染明王の個性は「和合」と「愛情」であり、虚空菩薩の「博識」と「繊細」という個性を、才能として実現させるためには、またとない助けとなり、対人関係での細かすぎる人当たりによるトラブルを解決し、「繊細」で傷つきやすい心を癒してくれます。

 ですから、一緒に仕事をする人や結婚相手を選ぶなら、愛染明王を守護仏とする人を選ぶべきです。

 とはいっても、愛染明王を守護仏とする人は、確率的にもかなり少ないものですから、よほど努力しないと、なかなか出逢うことはありません。

 

 

◎悪い相性

 

 大日如来を守護仏とする人は、虚空菩薩の人から見て「博識」や「繊細」というイメージがなく、ただカンの鋭さと押しの強さだけで物事を推し進め、非常にデリカシーに欠け、無謀な感じがします。 

 逆に、虚空菩薩を守護仏とする人は、「智慧」や「迫力」のイメージがなく、ただ非常に豊かな知識と、繊細な神経で、細かい分析と気配りばかりして、大胆な行動は控えます。これは大日如来の人から見ると、歯がゆくてどうにもなりません。

 

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 もともと、愛染明王を守護仏とする人は非常に少なく、大日如来を守護仏とする人なら掃いて捨てるほどいますから、愛染明王を探すよりも、大日如来と共存することを考えないと、多くの職場などでうまくやって行けません。

 

 

◎守護色

 

 虚空菩薩を代表する、ラッキーカラーは、黒色であり、日頃から、または、ここ一番の場面に、ワンポイントでも良いので、黒色のものを身に付けますと、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸福を呼び込みます。

 反対に、大日如来の守護色である、透明な白色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 

◎守護宝石

 

 ヘマタイト(黒馬石)、モーリオン(黒昌石)を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、ダイヤモンドやクリスタルであり、無色透明のダイヤや水晶を身に付けていますと、品格を失い、魅力をなくして、幸運を逃すようになります。ダイヤでも色のついたものならそれほど問題はありません。

 

 

◎座騎

 

 虚空菩薩の座騎は蓮の花で、獅子や象のような大げさな乗物には乗っておりません。

 蓮というのは、基本的にどの仏様も乗っているものですから、虚空菩薩を守護仏とする人は、共用性や、大衆性の高い乗物を選ぶことが望まれます。

 すると、乗用車よりもバス、バスよりも電車、飛行機よりも新幹線などが良いことになります。

 マイカーを求める場合もこの法則に従って、ワンボックスやミニバンのような、なるべく大勢乗れる車が最適です。

 現在、ミニバンやワンボックスタイプの車は、各社から数多く発売されており、選ぶのに困ることはありません。

 

 「蓮」にあたる車の、例を挙げておきますと、

 

 トヨタ‐エスティマ、アルファード、グランビア、ノア、アイシス、イプサム

 日 産‐エルグランド、プレサージュ、キャラバンSL、セレナ、リバティ

 ホンダ‐オデッセイ、モビリオ、ステップワゴン、エディックス

 三 菱‐グランディス、デリカスペースギア

 マツダ‐MPV、プレマシー、ボンゴフレンディー

 

などが上げられます。

 

 避けるべき車は、大日如来の座騎である獅子のイメージがある車であり、メルセデスベンツSクラスのような威張ったイメージのある高性能乗用車などに乗ってはいけません。

 

 

 

 


 

 

  K.文殊菩薩〈知恵と奉仕〉

 

 文殊菩薩は、正式には妙吉祥菩薩といわれ、文殊師利菩薩、曼殊室利菩薩、などとも呼ばれ、密教八大菩薩のなかの一菩薩です。

 中国では、観音菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、と並んで四大菩薩としており、中でも文殊菩薩は、大知を表します。

 大知と妙吉祥ですから、文殊菩薩の個性は、「知恵」と「奉仕」というキーワードで表現されます。

 

 文殊菩薩を守護仏とする人は、なにごともよく勉強して「知恵」を頭いっぱいに詰め込み、人々には優しさと慈しみで、我が身の利益を忘れて「奉仕」し尽くさなくてはいけません。

 もし、文殊菩薩を守護仏とする人が、あらゆるものごとに対して「知恵」を発揮できず、無知だったり、人々のために何も「奉仕」できなかったりしたら、全く他人から認められません。

 

 

 ヨドチョウさんこと、故淀川長治さん(明治42年4月10日午前10時生まれ)は、映画会社の宣伝部を経て映画評論家となり、1936年(昭和11年)2月、来日したチャップリンと会談して親交を結び、日本におけるチャップリン評論の第一人者と言われるようになります。

 そして、1960年代から、テレビの映画解説を始め、「怖いですねえ、恐ろしいですねえ。」や番組末尾の「それでは次週をご期待ください。さよなら、さよなら、さよなら・・」などの名台詞で一世を風靡し、博識で優しい人というイメージを定着させます。

 その知識の豊富さは、映画はもちろんのこと、歌舞伎をはじめ、あらゆる芸能、文化におよび、その映画評論に非常に深みを与えたと思います。

 たとえば、チャップリンの「モダンタイムス」の解説で、ラストシーンで、主人公が画面の奥に向かって進むときには幸福に向かい、手前に向かって進むときには不幸に向かうという約束事がある、という話を聞いたときには、それが現代の多くの映画にも当てはまるものであることに、大いに驚かされたものです。

 「映画は愛である」「映画は人類にとって最高の総合芸術である」「私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない」(著書)などの言葉を残し、最後の映画解説(日曜洋画劇場)を収録したのは、死の前日だったといいます。

 

  文殊菩薩を守護仏とする人は、「知恵」と「奉仕」のイメージを常に意識し、物事を博学的な知識で分析し、トラブルがあれば「知恵」を働かせ、「奉仕」によって相手の善意を引き出し、たがいの善意で、ものごとを成功に導くことができます。

 恋愛の場合でも、「知恵」と「奉仕」が成功の秘訣であり、「賢くて優しい」という自分の魅力を発揮するべきです。

 

 

 ◎良い相性

 

 仏画などで見る釈迦如来は、文殊菩薩と普賢菩薩という二柱の仏様を従えています。文殊菩薩は、「知恵」と「奉仕」で釈迦如来に尽くし、普賢菩薩は、「統率力」と「指導力」で、釈迦如来を補佐します。

 これらの仏様は「脇士」と呼ばれ、その名のとおり、如来の脇にいて如来を助け、仏法を広めます。

 このような関係ですから、文殊菩薩を守護仏とする人は、釈迦如来を守護仏とする人との相性が非常に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手として、申し分ありません。

 とは言っても、文殊菩薩の人が、本来あるべき「知恵」と「奉仕」をともなった行動が取れなければ、そうは行きません。

 また、普賢菩薩の人との相性も良いはずですが、協力してやってゆけるかどうかは、やはり「知恵」と「奉仕」に徹することができるかどうかにかかっています。

 普賢菩薩の人から見れば、自分よりも統率力がないのに、「知恵」も「奉仕」もない、何でもないただの人、ということなると何の力も得られません。

 

 

 ◎悪い相性

 

 文殊菩薩を守護仏とする人から見て、三世明王を守護仏とする人は、「知恵」や「奉仕」のイメージがなく、ただ非常に淡々として、何に対しても寛大で、善悪を問わずに許してしまう、いいかげんな人に見えます。

 逆に三世明王の人から見た文殊菩薩の人は、「奉仕」の心があるにしても、「知恵」に縛られて他人に寛大になれず、対人関係に重苦しいものを感じさせる苦手なタイプとなってしまいます。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 文殊菩薩を代表するラッキーカラーは、橙色(オレンジ)であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、出来るだけオレンジ色のものを身につけるようにします。すると、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、三世明王の守護色であるピンク色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 ◎守護宝石

 

 蛋黄石つまりメキシキコオパール、またはサードニックスを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、珊瑚、スピネル、などというピンク色の宝石で、これらを身に付けますと、「知恵」と「奉仕」というイメージを失い、魅力がなくなって、幸運に見放されます。

 

 ◎座騎

 

 文殊菩薩の座騎は「青毛の獅子」ですから、これは、優秀で機能性の高い乗物であり、しかも迫力があって、乗っている人の威厳を感じさせます。 

 すると、バスよりは乗用車、乗用車よりは新幹線、新幹線よりは飛行機、その中でも、「ひかり」よりは「のぞみ」、ファーストクラスよりもチャーター機、というようなことになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従って、なるべく性能がよく、押し出しの立派なイメージの車を選びます。

 

 「獅子」にあたる車の例を挙げておきますと、

 

 外国車‐メルセデスベンツEクラス・Sクラス、

       BMW5・7シリーズ、アウディA6・A8

 トヨタ‐セルシオ、レクサスLS

 日 産‐シーマ、フーガ

 ホンダ‐レジェンド

 

 などが上げられます。

 塗装はやはり白、それも透明感のあるものが良いでしょう。

 

 避けるべき車は、虚空菩薩の座騎である、「蓮」のイメージがある車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、など、こういう貧乏臭い車に乗ってはいけません。

 

 


 

 L、普賢菩薩〈統率と指導〉

 

 普賢菩薩は、正式には、金剛賢菩薩と言われ、密教八大菩薩のなかの一菩薩であり、偏吉菩薩、金剛薩捶などの別称でも呼ばれます。

中国では、普賢菩薩、文殊菩薩、地蔵菩薩、観音菩薩、を、四大菩薩としており、中でも普賢菩薩は「大行」を表すとされます。

 普賢菩薩の個性は、「統率」と「指導」というキーワードで表現されるように、日頃から、リーダーシップを働かせ、よく他人を導いて教えることにより、人々に魅力を感じさせ、リーダーとして仰がれるようになります。

 

 もしも、普賢菩薩の人が、いつも人の後をついて歩いたり、面倒見が悪く、頼りにならなかったりしたら、たちまちイメージが悪くなり、魅力を失って、他人から軽蔑されるようになります。

 指導者とか統率者というイメージを保つためには、その分野の知識や技術が優れていることも必要であり、ただの親分肌だけで、統率力につながるわけではありません。

 また、指導される側にだけ、勉強や訓練や修行などを強制しても、本気でやろうという気持ちにはなりません。何の分野でも、集団とかチームは、指導者のために働こう、という気概を持つことで、一体感を持ち成功に至るものです。

 

 MLBシアトルマリナーズのイチロー選手(鈴木一朗、1973年、10月22日8時43分生まれ)は、ひたすら自分の記録に挑戦し続ける修行僧のような練習態度や、プレーぶりから、個人主義者のように見られていましたが、2006年にアメリカで行われた、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、自ら率先して、チームプレーの手本を見せ、リーダーシップを発揮していました。

  大スターである、イチローの扱いは誰が監督になっても相当難しいと見られていましたが、監督の王貞治氏が、スモールベースボール(本塁打など、長打に頼らず、走塁などの小技で確実に点を取る野球)の方針を堅持したため、イチロー選手の能力が生かされることになりました。

イチロー選手の守護仏は普賢菩薩ですから、もともと、統率力や指導力を持っており、立場次第で、リーダーシップを発揮するのも当然と言えます。

 イチロー選手の所属チーム、マリナーズは、毎年最下位と低迷しており、イチロー選手も、リーダーシップを発揮しようがない状態ですが、年齢もベテランの域に達し、シーズン最多安打記録、8年連続200安打、8年連続100得点、8年連続オールスター出場、8年連続30盗塁、おそらく8年連続ゴールドグラブ、来年は、日米通算最多安打、メジャー通算2000安打も達成し、8年連続の記録を、すべて9年連続の記録に書き換えることでしょう。

 これからは、個人記録よりも、優勝が可能なチームに移籍するなどして、リーダーシップを発揮できる立場になれば、もっと魅力を感じさせるようになるに違いありません。

 

 普賢菩薩を守護仏とする人は、とにかく「統率」と「指導」というイメージを大いに演出し、他人の指示で動くロボットのようなイメージを持たれることを、絶対に避けなければなりません。

仕事のときでも、必ず主導権を取り、何がなんでも、相手を自分の指示どおりに動かすようにするべきです。たとえこちらの立場が悪い場合でも、絶対に主導権を握って放さないようにし、立場が逆転するまで頑張ることで、次第に成功に地KZづくことができ、やがて必ず、立派なリーダーとして認められるようになります。

 

 恋愛や交際の場合でも「統率」と「指導」のイメージを通すことが成功の秘訣であり、たとえ、年上の相手であったとしても、常にこちらが相手をリードし、相手のわがままを抑え、たしなめ、もし、相手が困っていたら、自分が損をしてでも相手のために一肌脱ぐ、親分肌を見せれば、必ず相手は自分に心服し、何でも言うことを聞くようになります。  

 あまり、ムードがない、と心配するかも知れませんが、普賢菩薩の人に限っては、これが最善の方法で、しっかりと、自分の魅力を相手に感じさせることができます。

 

 ◎良い相性

 

 釈迦如来には、文殊菩薩と普賢菩薩という、二柱の仏様が、脇士としてついています。

 釈迦如来の個性は「高貴」と「品位」であり、普賢菩薩は、その「統率力」と「指導力」によって釈迦如来の「高貴」と「品位」を守り、また、普賢菩薩は、釈迦如来の威光を自分に重ね、さらに、「統率力」と「指導力」を高めることができます。

 普賢菩薩の人は、釈迦如来には出来ないような、汚れ仕事も引き受けることができ、釈迦如来の「高貴」と「品位」を守ることができます。

つまり釈迦如来を守護仏とする人との相性は非常に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても、申し分ありません。

 文殊菩薩の個性は「知恵」と「奉仕」であり、釈迦如来の「高貴」と「品位」をさらに守り立てます。普賢菩薩と文殊菩薩は協力して釈迦如来を守り立てる限りは、素晴らしいコンビぶりを発揮できますが、釈迦如来抜きのつきあいとなると、うまくゆくかどうかは分かりません。

 

 ◎悪い相性

 

 阿弥陀如来を守護仏とする人は「統率」や「指導」というイメージがなく、ただ何でも穏やかに、相手を甘やかして事をまとめるだけで、普賢菩薩の人から見たら、歯がゆくてどうにもなりません。

 逆に「従順」と「救済」を個性とする阿弥陀如来の人から見れば、普賢菩薩の人は、やたらと他人に干渉し、偉そうに指導したがるので、非常に煩わしい、うるさい人と映ります。

 仕事を一緒にしたり、恋愛をしても、いつも方針の違いに悩まされ、結局は阿弥陀如来の人がいつも強引に従わされ、従わせたほうも気持ちが晴れず、互いにストレスが溜まります。

 ただ、もし自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ないくらいの、良い関係になる場合もあります。

 

 ◎守護色

 

 普賢菩薩を代表するラッキーカラーは、茶色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、茶色いものを身に付けるようにします。

すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、阿弥陀如来の守護色である、赤色を身に付けると、「統率」と「指導」のイメージを失って、軟弱になり、魅力がなくなって幸運を逃します。

 

 ◎守護宝石

 

 猫眼石、つまり、キャッツアイを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。茶色の美しいものなら、タイガーズアイ(虎眼石)も良いでしょう。

 避けるべき貴金属は、ルビー、ガーネット、などと言う、赤色の宝石類で、これらを身に付けると、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 ◎座騎

 

 普賢菩薩の座騎は、象です。つまり、重量感が豊かで強そうなイメージがあり、頑丈で、安全性の高い乗物を選ぶようにします。

 すると、タクシーや乗用車よりは、バス、バスよりも新幹線、新幹線よりも、ジャンボジェット、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく重量感のある強そうな車を選びます。

 「象」にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ランドローバー・レンジローバー(イギリス)

       ベンツMクラス・Gクラス、BMWXシリーズ(ドイツ)

       フォードエクスプローラー、ジープチェロキー(アメリカ)

 トヨタ‐ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、クルーガー

 日 産‐サファリ

 ホンダ‐CR―V、クロスロード、MDX

 三 菱‐パジェロ

 マツダ‐トリビュート

 

 などが、あげられます。

 

 避けるべき車は、阿弥陀如来の座騎である、孔雀のイメージがある車であり、あまり、華美な車や、ぜいたくな車に乗ってはいけません。つまり、ロールスロイス、フェラーリ、キャデラック、クラウンマジェスタ、などは避けるべきです。ベンツSクラスなど、大きくて武骨な車でも、贅沢に見えるものは避けたほうが良いでしょう。

 赤色に、塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

 


 

  M、勢至菩薩〈威勢と正義〉

 

 勢至菩薩は、正式には除蓋障菩薩と言われ、密教八大菩薩のなかの一菩薩であり、大勢至菩薩、摧一切魔菩薩、除障菩薩などの別称でも呼ばれます。

 その名前からも分かるように、勢至菩薩の個性は、「威勢」と「正義」というキーワードで表現され、日頃から正義感を前面に出し、勢いに乗って障害を除く、気迫が、その魅力になります。

 

 もしも、勢至菩薩を守護仏とする人が、弱いものいじめを見ても、日和見の姿勢を見せたり、考えてばかりで行動をためらったり、あれこれと言い訳ばかりしていたら、全然魅力を感じさせません。

 しかし本当に、いつも「威勢」と「正義」を貫いてしまうと、身に危険が及ぶことがあります。そこで、現実的には、そのような状況を演出するという方法もあります。つまり、「威勢」と「正義」というイメージを演出によって上手に作りあげるという方法を取る人もでてきます。  

 

 小泉純一郎氏(1942年1月9日22時生まれ)は、第87代~89代内閣総理大臣として、1980日間在任し、戦後の内閣総理大臣としては佐藤栄作、吉田茂に次ぐ第3位、また珍しく、任期を全うした総理大臣でもありました。

 もともと、世襲の三世議員で、本来はこれといった政治理念があったわけではないのに、議員になってからは、「郵政民営化」という政策一本槍で、永田町の変人扱いされてきました。

ところが、橋本龍太郎との自民党総裁選では、持論の「郵政民営化」に加えて、「終戦の日に靖国神社を参拝する」という公約をかかげ、「自民党をぶっ壊す!」「抵抗勢力」などの派手なキャッチフレーズと、さらには、橋本派=竹下派に怨念を持つ田中真紀子氏の応援を得て、「小泉旋風」といわれる圧倒的な大衆の支持を獲得し、ついに、2001年4月、内閣総理大臣に就任します。

 総理大臣就任当時の支持率は80%を大きく超えるもので、「恩人」の田中真紀子氏外務大臣に任命した他、女性閣僚を5人も登用するなど、大いに人気を集めました。また、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに、特殊法人の民営化など、小さな政府を目指す改革と、国から地方への交付金を減らす「三位一体の改革」などの「聖域なき構造改革」を打ち出し、とりわけ持論である「郵政民営化」を「改革の本丸」とするなど、就任当初は、「威勢」と「正義」という、勢至菩薩の個性に相応しい政治姿勢を見せたものです。

 ところが、8月15日に靖国参拝するという公約を、13日の参拝でお茶を濁し、支持者からは失望、中国韓国との関係は悪化という中途半端なことになりました。さらに、9月11日の同時多発テロに端を発した、米軍などののアフガン侵攻に協力して、海上自衛隊を後方支援に派遣するという、かつてカンボジアへの自衛隊派遣に反対した、宮沢内閣時代の閣議発言を反故にしました。

さらに、2002年2月には、外務省の機密費問題で外務官僚らと対立していた「恩人」田中真紀子外務大臣を更迭すると、支持率を大きく減らしてしまいます。

そんな中で、2002年9月には、電撃的に北朝鮮を訪問して、金正日総書記と初の日朝首脳会談を実現します。この訪問で金正日は北朝鮮による日本人拉致を公式に認め、5人の拉致被害者を帰国させます。ところが、8人死亡・1人行方不明、拉致被害者の家族の帰国が拒まれるなど、世論の反発が強く、国交正常化交渉は暗礁に乗り上げますが、拉致被害者が帰国したことで、小泉政権の支持率はまた上昇に転じます。

 経済政策では、竹中平蔵氏を経済財政政策担当大臣に起用し、さらに金融担当大臣を兼務させ、不良債権処理の強硬策を主張する竹中氏が、小泉政権の経済政策を主導します。この政策により、拓銀など、地方の多くの金融機関が、自己資本の不足を理由に破綻に追い込まれ、中小零細企業の資金繰りを困難にさせます。

 このころ実質的な不良債権処理はなかなか進まず、株価は下落を続けていました。

 ところが、りそな銀行が自己資本比率の基準を大きく下回ると、今度は2兆円もの公的資金を注入して実質国有化してしまいます。もし、りそな銀行を、それまでと同様に破たん処理させていたら、株価の下落どころか、経済恐慌を起こしていたことでしょう。

 2004年1月には、自衛隊を、イラクのサマーワに派遣。先立つ特措法の審議では、「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」という迷言を残します。

2004年5月、小泉は再訪朝し、北朝鮮に対する食糧や医療品の支援と引き換えに、5人の拉致 被害者の子供の帰国を実現しますが、あまり人気回復にはつながりませんでした。その後、北朝鮮は日本を無視するようになり、日本側は、「対話と圧力」という中途半端な姿勢を取ることになります。

このころ国民の関心事は、年金制度の改革にあり、6月には年金改革法を成立させますが、小泉首相の最大の関心事は、長年の持論である郵政民営化にあり、2004年の参院選後、郵政民営化に本格的に乗り出し、竹中氏を郵政民営化担当大臣に任命し、郵政民営化を最優先事項としました。

2005年、郵政民営化関連法案は、党内から反対が続出し、衆議院における採決では辛うじて可決、参議院の採決では自民党議員22人が反対票を投じ、否決され、小泉氏は即座に衆議院を解散します。

小泉は自らこの解散を「郵政解散」と命名し、郵政民営化の賛否を問う選挙と位置づけ、反対派を「抵抗勢力」とするイメージ戦略に成功、徹底的にマスコミ報道を利用した劇場型政治は「小泉劇場」と呼ばれました。

 総理大臣退任後の小泉氏は、2008年には政界引退を表明し、息子に地盤を譲り、世襲させることを表明し、「構造改革」という理念に反する行為で、勢至菩薩の個性である、「威勢」や「正義」というイメージとは遠くなっています。

 

 勢至菩薩を守護仏とする人は、とにかく「威勢」と「正義」というイメージを大いに演出し、日和見、事なかれ、分かり難い、正義に反する、などの姿勢は、絶対に避けなければなりません。

仕事のときでも、勢いを演出してそれに乗じ、あくまでも自分が「正義」である、という理屈を押し立てて、そのまま突っ走るべきです。

たとえこちらの立場が悪い場合でも、あくまでも自分の「正義」を貫き、立場が逆転するまで頑張ることで、次第に成功に近づくことができ、認められるようになります。

 恋愛や交際の場合でも「威勢」と「正義」のイメージを通すことが成功の秘訣であり、そのためには、ただひたすら相手のメリットを考え、正しくて、威勢がよくて、頼もしい、という良いイメージにより、恋愛や交際をスムーズにします。  

 あまり、ムードがない、と心配するかも知れませんが、勢至菩薩の人に限っては、これが最善の方法で、しっかりと、自分の魅力を相手に感じさせることができます。

 

 ◎良い相性

 

 阿弥陀如来には、観音菩薩と勢至菩薩という二柱の仏様が、脇士としてついています。

 観音菩薩は、「慈悲」と「余裕」で阿弥陀如来の「救済」を助けて実現し、勢至菩薩は、「威勢」と「正義」で、阿弥陀如来を守り「救済」を実現します。

 つまり阿弥陀如来の人と、非常に相性が良く、一緒に仕事をする相手としても、恋愛や結婚の相手としても、申し分ありません。

 観音菩薩との相性は、阿弥陀如来を間に挟んで、共に協力して阿弥陀如来を支えるという意味では非常に良いものですが、一種のライバル関係でもあり、方針の違いもあって、阿弥陀如来抜きの、一対一の関係では、必ずしもうまくゆくとはかぎりません。ただ、共通の目標を持ったとき、互いに相手の長所を生かしあって、素晴らしい関係を築くことがあります。

 

 

 ◎悪い相性

 

 薬師如来の人から見て、勢至菩薩の人は「理性」や「厳粛」のイメージがなく、いつも、勢いだけで「正義」をふりかざし、他人に対して、自分勝手な「正義」を押し付けるように見え、うそ臭くて全く信用できません。

 逆に、勢至菩薩の人から見れば、薬師如来の人は、やたらと分別くさくて、行動が遅い人のように見え、頼りなく、邪魔くさい人でしかありません。

 仕事を一緒にすればいつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、逢うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえってこれ以上無いくらいの良い関係になることもあります。

 

 ◎守護色

 

 勢至菩薩を代表するラッキーカラーは、水色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、水色のものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、薬師如来の守護色である、青色を身に付けると、「威勢」と「正義」というイメージを失って、分別くさく、魅力がなくなって、幸運が逃げてしまいます。

 

 ◎守護宝石

 

 海宝石、つまり水色の宝石である、アクアマリンを普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。トルコ石、つまりターコイズも同様に水色の宝石であり、同様の効果があります。

 避けるべき貴金属は、瑠璃石(ラピスラズリ)、藍宝石(サファイア)などと言う、青色の宝石類で、これらを身に付けると、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 

 ◎座騎

 

 勢至菩薩は阿弥陀如来の脇士であり、座騎は阿弥陀如来と同じく「孔雀」です。つまり非常に美しく、豪華で、耽美性の高い、平たく言えば、派手できれいな乗物を選ぶようにします。

 すると、バスや電車などよりは、ハイヤー。新幹線に乗るならグリーン車か個室、飛行機ならファーストクラス、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく派手で豪華な車を選びます。

 この分野は、まだまだ日本車が苦手な分野であり、ドイツ車も、合理主義で、高性能ばかり追求して、豪華さや優美さとなると、イギリス車にはかないません。

 

 「孔雀」にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン(イギリス)

       キャデラック、リンカーン(アメリカ)

       フェラーリ、マゼラーティー(イタリア)

       マイバッハ(米独)

 トヨタ‐センチュリー、クラウンマジェスタ、ソアラ

 日 産‐プレジデント

 

などがあげられます。

 水色の塗装は、まずないでしょうが、阿弥陀如来の赤色も悪くありません。

 

 避けるべき車は、薬師如来の座騎である、「象」のイメージがある車であり、4WDのSUV車などに乗ってはいけません。

 セダンやワゴンタイプでも、ボルボなどのように、やたら頑丈で鈍重なイメージのある車は、重苦しいイメージを人々に与え、魅力を失います。

 青色に塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

  L、弥勒菩薩〈豪快と開放〉

 

 弥勒菩薩は、正式には無能勝菩薩といわれ、密教八大菩薩の中の一菩薩です。

 無能勝というのは、誰も勝てない、という意味であり、虚空菩薩の個性は、「豪快」と「開放」というキーワードで表現されます。

 弥勒菩薩を守護仏に持つ人は、何でも惜しみなく人に分けあたえ、秘密を持たない、小さなことにこだわらない姿勢が、人々に魅力を感じさせます。

 最も恐れることは、人々から、細かい、神経質、ケチ、コソコソする、陰謀を企む、などと思われることで、そのようなイメージをもたれると、魅力がなくなり、何をやってもうまく行きません。

 

 宮澤賢治は、明治29年(1896年)8月27日、母イチの実家(岩手県鍛治町)で誕生。午前4時ごろ陣痛、7時出産と伝えられます。

 宮沢賢治と言えば、日本で、もっともよく読まれる作家の一人ですが、生前に出版されたのは童話集「注文の多い料理店」と詩集「春と修羅」だけで、ほとんど世に知られていませんでした。37歳の若さで亡くなった、彼の死後、書き残した多数の童話と詩などが編集され出版されるとともに、その作品のすばらしさが、認められるようになりました。
 賢治の生家は富裕な質屋であり、貧しい農民たちが家財道具を質入しては、わずかな金を得る姿を見てきたことから、贖罪感と仏教への信仰に駆られ、貧しい農村の生活を改善することに役立ちたいという情熱を持ち続けた、といいます。
 宮沢賢治の個性が「豪快」だったかどうかは、よく分かりませんが、「開放的」だったことは間違いないようで、残された作品には、自然と人間の対話や交感が描かれ、すべての生き物は兄弟という考えを持っていたようです。

 特に、賢治の育った岩手県は、日本のなかでも閉ざされた地域であり、また、賢治の生きた時代は、排他的な志向が強まり、アジア諸国への侵略へと向かう時代でもありました。

 そんな中、賢治の物語のなかでは、村人たちと、村を囲む自然のなか、山男や、動物たちや、精霊たちとの「開放的」な交流が描かれます。  

 

 弥勒菩薩を守護仏とする人は、仕事をする上でも、「豪快」と「開放」のイメージを演出して表に出すようにするべきです。

 物事によっては、コツコツと地道に積み重ねてゆくことも必要な場合がありますが、それはあまり表には出さず、できるだけ、大まかに、「豪快」に見えるように進行します。立場が悪いときこそ、一か八かの勝負に出て、逆転を狙うようなやり方が、成功の秘訣となります。

恋愛や結婚の場合も、「豪快」と「開放」のイメージを、しっかりと前面に出し、あれこれ考えずに一気にアタックし、何も飾らない、自分のありのままの姿を相手に見せれば、大いに魅力を感じさせることができ、相手に拒むゆとりを与えません。

 

◎良い相性

 

 弥勒菩薩には、三世明王という差使がついています。弥勒菩薩を守護仏とする人は、三世明王を守護仏とする人との相性が非常に良いものです。

 三世明王の個性は「淡泊」と「寛大」であり、弥勒菩薩の「豪快」と「開放」という個性を、才能として実現させるためには、またとない助けとなります。

豪快で、開放的すぎて、相手の立場や事情を考えない発言などのために生ずる、対人関係のトラブルを解決し、「寛大」な心で接してくれ、何でも許し、「淡泊」な心で、後に引きずるものもありません。

 ですから、一緒に仕事をする人や、恋愛、結婚の相手を選ぶなら、三世明王を守護仏とする人を選ぶべきです。

 

◎悪い相性

 

 宝生如来を守護仏とする人は、弥勒菩薩の人から見て「豪快」や「開放」というイメージがなく、ただ、やたらと実践的で、確かさを求めて、事を完成させようとするだけで、夢もロマンもありません。

 逆に、弥勒菩薩を守護仏とする人は、「実践」や「行動」のイメージがなく、ただ、思いつきで、言いたい放題、やりたい放題にしか見えません。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 もともと、三世明王を守護仏とする人はかなり少なく、逆に、宝生如来を守護仏とする人なら掃いて捨てるほどいますから、三世明王を探すよりも、宝生如来と共存することを考えないと、多くの職場などでうまくやって行けません。

 

 

◎守護色

 

 弥勒菩薩を代表する、ラッキーカラーは、桃色であり、日頃から、または、ここ一番の場面に、ワンポイントでも良いので、桃色のものを身に付けますと、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸福を呼び込みます。

 反対に、宝生如来の守護色である、黄色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

◎守護宝石

 

 桃色の宝石である、モルガナイト(粉宝石)、ルベライト(粉電石)を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、黄色の宝石、ヘリオドール(黄宝石)や、トパーズ(黄玉石)であり、これらを身に付けていますと、豪快さを失い、魅力をなくして、幸運を逃すようになります。

 

◎座騎

 

 弥勒菩薩の座騎は「蓮の花」で、獅子や象のような大げさな乗物には乗っておりません。

 「蓮」というのは、基本的にどの仏様も乗っているものですから、弥勒菩薩を守護仏とする人は、共用性や、大衆性の高い乗物を選ぶことが望まれます。

 すると、乗用車よりもバス、バスよりも電車、飛行機よりも新幹線などが良いことになります。

 マイカーを求める場合もこの法則に従って、ワンボックスやミニバンのような、なるべく大勢乗れる車が最適です。

 現在、ミニバンやワンボックスタイプの車は、各社から数多く発売されており、選ぶのに困ることはありません。

 

 「蓮」にあたる車の、例を挙げておきますと、

 

 トヨタ‐エスティマ、アルファード、グランビア、ノア、アイシス、イプサム

 日 産‐エルグランド、プレサージュ、キャラバンSL、セレナ、リバティ

 ホンダ‐オデッセイ、モビリオ、ステップワゴン、エディックス

 三 菱‐グランディス、デリカスペースギア

 マツダ‐MPV、プレマシー、ボンゴフレンディー

 

などが挙げられます。

 

 避けるべき車は、宝生如来の座騎である「馬」のイメージがある車であり、カローラセダンや、BMW3シリーズなどのような、パーソナルカーのイメージのある乗用車などに乗ってはいけません。

 もし、同じカローラに乗るなら、ワゴンやミニバンタイプのものを選ぶべきです。

 

 

 


 

O、不動明王〈不動と貫徹〉

 

 不動明王は、正式には、不動尊明王と言われ、密教五大明王のなかの、一明王であり、別名を不動使者とも呼ばれます。

 不動とは物事に動じないことであり、その個性は、「不動」と「貫徹」という、キーワードで表現されます。

 不動明王を守護仏とする人は、たとえ、どんなアクシデントに遭っても動揺せず、落ち着いて行動し、目的を最後までやり遂げる意志の強さが、他人の目に魅力的に映り、成功するようになります。

 最も恐れることは、他人から、物分りが良い、妥協が上手、融通がきく、などと思われることで、そうなると、ただ軽蔑されるだけになってしまいます。

 不動明王を守護仏とする人は、いつも「不動」と「貫徹」を前面に出し、イメージを演出してなければなりません。

 

 羽生善治氏(1970年9月27日午前7時34分生まれ)は、小学一年生のときに将棋を覚え、1985年には、史上三人目の中学生プロ棋士となり、1989年には、当時の、史上最年少タイトル記録となる19歳2か月で竜王位に就きます。    

さらに、1994年には、名人位、1996年には、全タイトル、七冠独占を成し遂げます。その後も、無冠の時期はなく、2008年には、名人位に返り咲き、永世名人となるなど、史上初の永世六冠に輝きます。

 羽生さんの棋風は、「得意戦法はもたない」と言うくらい、柔軟な発想と豊富な戦術を駆使するために、対戦者は対策が立てにくく、そのために、高い勝率を維持できているといいます。その指し手には「○○流」というような呼び名はありませんが、「羽生マジック」、「羽生ゾーン」、「歴代名人の長所をすべて兼ね備えた男」などと呼ばれるように、羽生さんにしかできないような特別な指し手を持っています。

 羽生さんのイメージは、その棋風から、変幻自在で融通無碍という感じで、「不動」や「貫徹」という個性ではないようにも見えますが、よく見ると、「得意戦法はもたない」という、確信を持っており、あれこれと細かいことを批判されても、全く動じず、自分の信ずる通りに突き進んで行く、「不動」と「貫徹」の人に違いありません。

 

 不動明王を守護仏とする人は、「不動」と「貫徹」を貫いて、最後まで目標に向かって突き進むというイメージを、演出してでも前面に出すべきです。 

 特に、仕事をするときは、たとえ立場が悪くても、終始一貫した対応を心がけ、自分の主張をはっきりと打ち出して、堂々と前進することです。仕事を成功させてゆくのは、結局は人間の魅力であり、自分の個性に忠実な人だけが、人々に魅力を感じさせ、成功できるものです。

 恋愛や交際の場合も同様に、「不動」と「貫徹」のイメージを前面に出し、相手の反応によって態度を変えてはいけません。

 必要なことは、落ち着いた言動、終始一貫した態度、頼もしさ、などであり、それでは、あまりムードがない、などと心配して、アプローチを変えるようでは、ぜんぜん魅力を感じさせず、かえって失敗してしまいます。

 

 

 

 ◎良い相性

 

 不動明王は、大日如来の差使であり、その個性は「不動」と「貫徹」ですから、大日如来が「智慧」と「迫力」で成し遂げようとする目標を、不動の心で貫き、やり遂げることができ、不動明王は、大日如来から智慧と目標を与えられます。

 従って、大日如来の人との相性は最高に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手としても申し分ありません。

 ただし、大日如来の人が「智慧」と「迫力」のイメージを保てませんと、不動の心を持つ不動明王から見て裏切りと映り、失敗します。

 

 

 ◎悪い相性

 

 不動明王の人から見て、孔雀明王を守護仏とする人は、不動や貫徹のイメージが全くなく、ただ表面を飾って、見栄えばかりがよく、内容に一貫性がなくて、うそ臭い人のように見えます。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 といっても、明王同士の組み合わせでは、互いに36人に1人ずつくらいしかいませんから、滅多に出会うことはありません。

 

 ◎守護色

 

 不動明王を代表するラッキーカラーは、白色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、出来るだけ白いものを身につけるようにします。すると、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、孔雀明王の守護色である緑色は、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 ◎守護宝石

 

 オーストラリアオパール(蛋白石)、または、ホワイトパール(白真珠)を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、マラカイト(孔雀石)、ジェイド(翡翠)などという緑色の宝石で、これらを身に付けますと、「不動」、「貫徹」、というイメージを失い、頼りなく感じられ、魅力がなくなって、幸運に見放されます。

 

 ◎座騎

 

 不動明王の座騎は、大日如来と同じく白獅子ですから、これは、優秀で機能性の高い乗物であり、しかも迫力があって、乗っている人の威厳を感じさせます。 

 すると、バスよりは乗用車、乗用車よりは新幹線、新幹線よりは飛行機、その中でも、「ひかり」よりは「のぞみ」、ファーストクラスよりもチャーター機、というようなことになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従って、なるべく性能がよく、押し出しの立派なイメージの車を選びます。

 

 「獅子」にあたる車の例を挙げておきますと、

 

 外国車‐メルセデスベンツSクラス・Eクラス、

  BMW5・7シリーズ、アウディA6・A8

 トヨタ‐セルシオ、レクサス

 日 産‐シーマ、フーガ

 ホンダ‐レジェンド(新型)

 

 などが上げられます。

 塗装は、もちろん白色が良いでしょう。

 

 避けるべき車は、孔雀明王の座騎である「孔雀」のイメージがある車であり、ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン、キャデラック、リンカーン、センチュリー、クラウンマジェスタ、プレジデントなど、あまり贅沢なイメージの車に乗ってはいけません。

 緑色に塗装された車も避けたほうが良いでしょう。

 

 

 

 

 


 

G、孔雀明王〈優雅と華美〉

 

 孔雀明王は、正式には、大金曜明王と言われ、密教五大明王の一明王であり、別名を浄身明王とも言います。

 孔雀明王の個性は「優雅」と「華美」というキーワードで表現され、「孔雀」「金曜」「浄身」と、言われるように、優しさ、美しさ、華やかさ、エレガンス、などが、その魅力の源になります。

 孔雀明王を守護仏に持つ人は、派手、贅沢、飾りすぎ、などと言われてもかまいませんが、絶対に、地味、質素、粗野、などという印象を持たれないように、いつも、「優雅」と「華美」を、演出しなければなりません。

近代日本画の最高峰、横山大観氏(明治元年9月18日巳時生まれ)は、明治22年東京美術学校に第一期生として入学、学長岡倉天心を師と仰ぐことになります。卒業後、京都で仏画の研究を始め、『法華経』から採ったと言われる雅号「大観」を使い始めるようになります。

明治29年には、東京美術学校の助教授に就任しますが、師、岡倉天心の失職に伴って職を辞し、岡倉を中心に日本美術院(院展)を創設します。それからは、同期生の菱田春草とともに、西洋画の画法を取り入れた、新たな画風の研究を重ね、日本画の伝統的な技法である線描を用いない没線描法の絵画を次々に発表します。

その画風は「朦朧体」と呼ばれますが、当時の意味では、曖昧でぼんやりした、勢いのない絵という、実は非常に批判的な評価でした。国内で評価されなかった大観は、盟友菱田春草とともに海外に渡り、アメリカやヨーロッパで展覧会を開き、高い評価を得ます。この欧米での高い評価を受け、日本国内でもその画風が評価されるようになります。昭和12年、この年制定された第一回文化勲章の受章者となり、昭和32年に亡くなると、正三位、勲一等旭日大綬章を贈られ、名実共に日本画壇の最高峰となりました。

横山大観氏の画風「朦朧体」は、正に「優雅」で「華美」なイメージに間違いありませんが、それは現代になってからのことであり、その斬新な画風が、旧弊な日本画壇では認められなかった時代には、海外に活路を求め、ボストン、ニューヨーク、パリ、ロンドン、など、華やかな芸術の都で展覧会を開き、大成功すると、日本画壇もその画風を認めざるを得なくなり、「曖昧」「ぼんやり」「勢いがない」などの批判は消し飛んでしまいます。つまり派手な演出によって、画風の印象まですっかり変えてしまい、以後「朦朧体」は、横山大観の画風を的確に表わす表現と認識され、「優雅」と「華美」という個性によく馴染むものとなりました

 孔雀明王を守護仏とする人は、その個性である「優雅」と「華美」のイメージを上手に演出して前面に出さなくてはいけません。

 仕事をする上でも、まず、華やかに、かつ、エレガンスに行動するべきで、立場が悪いときでも、きちんと表面を飾り、自分の弱みが見えないようにして、派手な演出によって逆転を図るべきです。

恋愛や交際の場合でも、「優雅」と「華美」のイメージを相手に植え付け、自分を派手に見せる、ぜいたくに演出する、エレガントにふるまう、などによって相手を魅了し、決して、地味、粗野、質素、ケチ、などの印象を与えてはいけません。

 

 ◎良い相性

 

 孔雀明王は、成就如来の差使であり、成就如来の「聡明」と「誠意」を実現させるため、派手な演出で「人たらし」をサポートします。つまり、成就如来を守護仏とする人との相性は、非常に良く、一緒に仕事をする相手としても、恋愛や結婚の相手としても、申し分ありません。

 成就如来の人は、その個性に忠実であるかぎり「派手」「虚飾」「ぜいたく」などと言われることがありませんから、そのような面は、すべて孔雀明王が引き受け、成就如来の「誠意」が、人々に認められるように演出することで、互いの長所を生かしあうようになります。

 孔雀明王を守護仏とする人は、36人に1人くらいしかいませんが、成就如来の人なら、12人に1人と、いくらでもいますから、孔雀明王の人から除受如来の人を探すほうが、見つかる可能性があります。

 

 

 ◎悪い相性

 

 孔雀明王を守護仏とする人からみて、不動明王を守護仏とする人には、「優雅」「華美」というイメージが全然感じられず、粗野で、変化に乏しく、洗練されない人としか感じられません。

 また、不動明王の人から孔雀明王の人を見れば「不動」や「貫徹」というイメージに欠け、表面を飾って真実味に欠け、変化が激しくて一貫性がなく、ただ、派手で嫌味な人にしか見えません。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛すれば、逢うたびに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 といっても、明王同士の組み合わせでは、互いに36人に1人ずつくらいしかいませんから、滅多に出会うことはありません。

 

 ◎守護色

 

 孔雀明王を代表する、ラッキーカラーは、緑色であり、日頃から、または、ここ一番の大舞台で、たとえワンポイントでも、緑色のものを身に付けるようにすると、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 反対に、不動明王の守護色である、白色を身に付けますと、「優雅」や「華美」のイメージを失い、魅力がなくなってしまいます。

 特に、白のスーツに白い靴などといういでたちは、特に避けなければなりません。

 

 ◎守護宝石

 

 マラカイト(孔雀石)、ジェイド(翡翠)、などと言う、緑色の宝石を、普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。 

 避けるべき貴金属は、不動明王の守護宝石である、オパール(蛋白石)、ホワイトパール(白真珠)などと言う、白色の宝石類で、これらを身につけますと、イメージを悪くし、幸運を逃します。

 

 ◎座騎

 

 孔雀明王の座騎は、孔雀です。つまり非常に美しく、豪華で、耽美性の高い、平たく言えば、派手できれいな乗物を選ぶようにします。

 すると、バスや電車などよりは、ハイヤー。新幹線に乗るならグリーン車か個室、飛行機ならファーストクラス、急がない旅なら豪華客船などを選ぶようにします。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく派手で豪華な車を選びます。

 この分野は、まだまだ日本車が苦手な分野であり、ドイツ車も、合理主義で、高性能ばかり追求して、豪華さや優美さとなると、イギリス車にはかないません。

 

 孔雀にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン(イギリス)

       キャデラック、リンカーン(アメリカ)

       フェラーリ、マゼラーティー(イタリア)

       ベンツSL、マイバッハ(ドイツ)      

 トヨタ‐センチュリー、クラウンマジェスタ、ソアラ

 日 産‐プレジデント

 

などが、あげられます。

塗装は、やはり緑色が良いでしょう。

 

 避けるべき車は、不動明王の座騎である「獅子」のイメージがある車であり、特に、メルセデス・ベンツSクラス、のような、高性能を前面に出して威張っているイメージの車は避けるべきです。

中でも、白色に塗られたベンツには絶対に乗ってはいけません。


 

P、軍荼明王〈勇気と決断〉

 

 軍荼明王(ぐんだみょうおう)は、正式には軍荼利明王と言われ、密教五大明王のなかの一明王であり、別称を甘露瓶明王ともいいます。

 軍荼利とは、エネルギーを与える宝瓶のことであり、甘露瓶とはその宝瓶のことです。 軍荼明王の個性は「勇気」と「決断」と言うキーワードで表現され、常に前向きに進み、勇気がある、決断力があるというイメージが魅力を感じさせます。

 他人から無鉄砲、命知らず、などと思われる分にはかまいませんが、内気とか、臆病、優柔不断などという印象を持たれてしまうと、一気に魅力を失い、挫折と失敗ばかりの人生になってしまいます。

 もちろん、本当に無鉄砲なことばかりやっていたら、命がいくつあっても足りません。必要なのは、「勇気」と「決断」というイメージであり、大いに演出してイメージをつくることです。

 

俳優の高倉健さん(西暦1931年2月16日正午生まれ)は、1956年に東映に入社、エキストラ期間も経ずに、映画に主演し、多くの映画に出演しますが、主演作は現代物の映画ばかりで、当時は時代劇中心の東映で、あまりスターとはいえない存在でした。

 ところが、1963年に出演した「人生劇場・飛車角」の宮川役で注目を集めると、1964年から始まる、「日本侠客伝」シリーズ、「網走番外地」シリーズ、「昭和残侠伝」シリーズ、「緋牡丹博徒」シリーズなど、東映やくざ映画に次々と主演して、爆発的な人気を集め、日本で最も集客力のある俳優の1人となります。ファン層は、一般の労働者の他、本物のやくざから、当時盛んだった学生運動の闘士まで、男らしさにあこがれる人々のシンボル的存在となります。

 鍛え上げられた肉体に唐獅子牡丹の刺青、ひたすら寡黙で、何も言い訳することなく、ただ筋を通し、最後には命を捨て、卑怯な敵のもとに斬り込む、という、いつもおきまりのパターンに、人々は熱狂しました。

 この時代に、高倉健のイメージは定着し、劇画『ゴルゴ13』のモデルとなったことが知られています。

 「勇気」と「決断」というイメージは、映画の中の高倉健のイメージであり、実生活の高倉健さんと一致するものかどうかは、わかりません。 

 しかし、バラエティー番組などのテレビ出演を控えてきたため、高倉健さんのイメージは、スクリーンで見たときのまま、定着しており、「勇気」と「決断」は、そのまま、高倉健さんのイメージと重なっており、すばらしい魅力を発揮しています。

 

 軍荼明王を守護仏に持つ人は、「勇気」と「決断」という個性を前面に出し、イメージを演出しなくてはなりません。

 仕事の上でも、勇気を持ち、いつも早い決断で局面を開き、たとえ立場が悪いときでも、ひるまずに立ち向かい、強い態度で対処し、立場を逆転させます。

 恋愛や交際の場合でも、「勇気」と「決断」のイメージを忘れず、相手の反応が悪いとか、ムードに欠けるなどといって、躊躇する、おどおどする、臆する、弱気を見せる、などの態度は、かえってイメージを損ね、一気に魅力を失わせてしまいます。

 

◎良い相性

 

 軍荼明王は、宝生如来の差使であり、軍荼明王の個性「勇気」と「決断」は、宝生如来の「行動」と「実践」を先頭に立って実現します。つまり、宝生如来の人との相性は最高に良く、一緒に仕事をする相手や、恋愛、結婚の相手として申し分ありません。

 ただし、宝生如来の人が、行動と実践のイメージを保てませんと、勇気と決断の軍荼明王の人から見て、口先だけの人間にしか見えません。

軍荼明王の人は、40人に1人くらいしかいませんから、軍荼明王のほうから、12人に1人はいる、宝生如来の人を選ぶのが合理的です。

 

◎悪い相性

 

 愛染明王を守護仏とする人は、「勇気」や「決断」のイメージが無く、やたらととりつくろって、仲良くすることばかり考える、軟弱な人間にしか見えません。

 逆に、「和合」と「愛情」がモットーの愛染明王の人から見れば、軍荼明王の人は、乱暴で、粗野で、垢抜けない、どうにもならない人にしか見えません。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。とは言っても、どちらの明王の人も、40人に1人ずつくらいしかいませんから、実際には、滅多に出会うことがありません。

 

 ◎守護色

 

 軍荼明王を代表するラッキーカラーは、茶色であり、日頃から、または、ここ一番の舞台で、たとえワンポイントでも、茶色いものを身に付けるようにします。すると自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸運を呼び込みます。

 もし、愛染明王の守護色である、黒色を身に付けますと、「勇敢」や「決断」というイメージを失い、魅力がなくなって、幸運が逃げてしまいます。

 

 ◎守護宝石

 

 黄晶石(シトリン)や、琥珀(アンバー)という茶色の宝石を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、すばらしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、セイロナイト(黒夜石)、ブラックパール(黒真珠)という黒色の宝石類で、これらを身に付けますと、「勇敢」と「決断」というイメージを損ね、運を悪くします。

 

 ◎座騎

 

 宝生如来の座騎は馬であり、その差使である軍荼明王の座騎も馬とされます。昔から、馬というのはごく普通の乗物で、一人で一頭に乗るものですから、選ぶべき乗物は、一般性の高い、パーソナルな乗物、ということになります。

 すると、電車よりはタクシー、旅客機よりセスナかヘリコプター、新幹線よりマイカー、乗用車よりはバイク、ということになります。

 マイカーを選ぶ場合も、この法則に従い、なるべく、一般的な車を選ぶべきで、高性能車、ラグジュアリーカー、スポーツカー、などの車は、一応除外して考えます。

 一般的な車ですから、非常に多くの車種があり、選ぶのには困ることがありません。

 「馬」にあたる車の例をあげておくと、

 

 外国車‐VWゴルフ、アウディA3、BMW3シリーズ 

 トヨタ‐カローラ、カムリ、プリウス、プレミオ、マークX

 日 産‐プリメーラ、ブルーバード、ラティオ、ティーダ

 ホンダ‐シビック、アコード、インスパイア、エディックス

 三 菱‐ギャラン、ディアマンテ、ランサー

 マツダ‐ベリーサ、アクセラ、アテンザ

 スバル‐レガシイ、インプレッサ、フォレスター

 

などが、あげられます。

 塗装も茶色のものあれば選ぶべきでしょう。

 ラグジュアリーでない、クーペタイプの車も、パーソナルカーという意味では「馬」の車に含まれます。

逆に、ベンツCクラスなどは、スペック的には「馬」に分類できるのですが、意図的に上位クラスの雰囲気を残しており、ここには入れておりません。

 

 避けるべき車は、愛染明王の座騎である「蓮」のイメージがある車であり、ワンボックス、ミニバン、商用車、軽自動車、コンパクトカー、など、大勢で乗れるような車や、貧乏臭い車に乗ってはいけません。

 黒の塗装や内装、アクセサリー類もさけるべきです。




 

  R、愛染明王〈和合と愛情〉

 

 愛染明王は、正式には金剛如法仏といわれ、密教五大明王の中の一明王です。

 「愛染」というのは、愛に執着することであり、本来、仏法の最も戒めるところですが、愛欲の苦しみからの脱却こそが、そのまま「悟り」につながるという考え方から生まれた仏様です。

 愛染明王の仏像や仏画などを見ますと、名前とは似ても似つかない、憤怒の形相をしておられますが、その心は愛に満ち、愛を以って衆生を救う、情の深い明王なのです。

 愛染明王の個性は、「和合」と「愛情」という、キーワードで表現されます。

 愛染明王を守護仏に持つ人は、優しい、愛しみがある、従順、人なつこい、などのイメージを与えることで、大いにその魅力を発揮できます。そのために、人々から、軟弱とか、八方美人、などと呼ばれても気にすることはありません。

逆に、気が短い、情が無い、冷淡、付き合いづらい、などと思われると、たちまちその魅力を失ってしまいます。

 

 三笠宮崇仁親王(1915年12月2日19時35分生まれ)は、皇族にして、歴史学者でもあられ、東京芸術大学名誉教授の称号をお持ちで、実際に教壇にも立っておられます。

太平洋戦争開戦後の昭和18年に支那派遣軍総司令部参謀として、一年間、中国に赴任。南京をたつ前に総司令部で将校教育をするよういわれ「支那事変に対する日本人の内省」と いう文書を残しておられ、後に、NHKラジオなどのインタビューに答え、中国共産党軍のモラルの高さを強調。逆に日本軍が婦女暴行を繰り返した「最悪の軍隊」であることを述べられておられます。

 中国から帰国後、対中、対米英戦争の終結を模索され、津野田少佐らと東條内閣打倒クーデター計画に参画、ところが、その計画が、東條暗殺、主戦派数百名を粛清するという、非常に過激なものだったため、この計画は三笠宮自身の手によって当局に通報され、頓挫します。後に、「東条一派が首脳を占めている間は、和平はできないと参謀(津野田)は考え出したわけです。そうはいっていたけれども、テロを考えようとは、私も思わなかったし、私もぼんやりしていたんで、まさか大本営の参謀ともあろうものが、東条さんにテロをやろうとは思わなかった」と、殿下ご本人が語っておられます。なお、このクーデター未遂事件は、皇族が関与していることから、ほとんど不問に付されて終結します。

 もし、このクーデターが成功していれば、戦争の終結は早く、東京大空襲や広島、長崎などの犠牲者を出さずに済んだ可能性もありますが、大混乱に陥ってしまい、実際にどうなったかは、全く予測できなかったでしょう。つまり、三笠宮殿下の個性が「和合」と「愛情」だったため、つまり軟弱だったために、大切な戦争終結の機会を逸したとまでは言い切れません。

戦後は、民心の荒廃を憂い、レクリエーションのために、ダンスの普及に力を入れるなど、「和合」と「愛情」の個性がここでも発揮されています。

 また、三笠宮さまが、1998年11月に訪日した江沢民・中国国家主席(当時)を歓迎する宮中晩さん会の席上、日中戦争に関して「日本軍の暴行を今もなお深く恥じて気がとがめている。中国人民に謝罪したい」と語っていたと、中国で公刊された江沢民外遊録に記述されていることが明らかになった、との報道がありました。それによると、三笠宮さまは同年11月26日夜、天皇、皇后両陛下の主催で開かれた宮中晩さん会で、「日本の中国侵略戦争中、旧陸軍の将校として南京に駐屯したことがある。日本軍の暴行を目の当たりにし、今もなお深く恥じて気がとがめている。中国人民に謝罪したい」との考えを江主席に伝えられたことが記述されているそうです。

 

 愛染明王を守護仏とする人は、「和合」と「愛情」というイメージを前面に出し、大いに演出して、その個性を発揮し、人々を魅了しなければなりません。

 

 仕事の場合でも、まず相手と仲良くし、相手のことに気を配るべきです。もし、立場が悪い場合でも、相手の気持ちや、相手のメリットに配慮し、仲良くすることを心がけてゆけば、自然と相手とのシェアが生まれたり、いつのまにか、立場が逆転するようになります。

恋愛や交際などの場合も、「和合」と「愛情」を前面に出し、相手に嫌な思いをさせず、真心を尽くし、優しさと、温和さ、によって、自分の魅力をアピールすることが、成功につながります。

 

◎良い相性

 

 愛染明王は虚空菩薩の差使ですから、虚空菩薩を守護仏とする人は、愛染明王を守護仏とする人との相性が非常に良いものです。

 愛染明王の個性は「和合」と「愛情」であり、虚空菩薩の「博識」と「繊細」という個性を、才能として実現させるためには、またとない助けとなり、対人関係での細かすぎる人当たりによるトラブルを解決し、「繊細」で傷つきやすい心を癒すことができ、愛染明王の「和合」と「愛情」という個性を大いに満足させることができます。

愛染明王が、一緒に仕事をする人や結婚相手を選ぶなら、虚空菩薩を守護仏とする人を選ぶべきです。

 

 

◎悪い相性

 

 軍荼明王を守護仏とする人は、愛染明王の人から見て「和合」や「愛情」というイメージがなく、乱暴で、粗野で、洗練されず、まるでテロリストのような人としか映りませんし、軍荼明王の人から見たら、愛染明王の人は、軟弱で、臆病で、決断力がなく、どうにもならない弱虫としか見えません。

 仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 ただし、愛染明王を守護仏とする人は40人に1人程度と、非常に少なく、軍荼明王を守護仏とする人も同様に少ないので、滅多に出会うことはありません。

 

◎守護色

 

 愛染明王を代表する、ラッキーカラーは、黒色であり、日頃から、または、ここ一番の場面に、ワンポイントでも良いので、黒色のものを身に付けますと、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸福を呼び込みます。

 反対に、軍荼明王の守護色である茶色は、無骨なイメージで、和合や愛情を感じさせず、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

 

◎守護宝石

 

 セイロナイト(黒夜石)、ブラックパール(黒真珠)を普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、シトリン(黄晶石)やアンバー(琥珀)などの、茶色の宝石であり、身に着けると、魅力をなくし、幸運を逃すようになります。

 

 

◎座騎

 

 愛染明王の座騎は、虚空菩薩と同じく、蓮の花で、獅子や象のような大げさな乗物には乗っておりません。

 蓮というのは、基本的にどの仏様も乗っているものですから、愛染明王を守護仏とする人は、共用性や、大衆性の高い乗物を選ぶことが望まれます。

 すると、乗用車よりもバス、バスよりも電車、飛行機よりも新幹線などが良いことになります。

 マイカーを求める場合もこの法則に従って、ワンボックスやミニバンのような、なるべく大勢乗れる車が最適です。

 現在、ミニバンやワンボックスタイプの車は、各社から数多く発売されており、選ぶのに困ることはありせん。

 

 「蓮」にあたる車の、例を挙げておきますと、

 

 トヨタ‐エスティマ、アルファード、グランビア、ノア、アイシス、イプサム

 日 産‐エルグランド、プレサージュ、キャラバンSL、セレナ、リバティ

 ホンダ‐オデッセイ、モビリオ、ステップワゴン、エディックス

 三 菱‐グランディス、デリカスペースギア

 マツダ‐MPV、プレマシー、ボンゴフレンディー

 

などが上げられます。

 

 避けるべき車は、軍荼明王の座騎である「馬」のイメージがある車であり、トヨタ・カローラ、VW・ゴルフ、ホンダ・シビック、など、ありきたりでパーソナルな雰囲気の車や、バイクなどに乗ってはいけません。

 


 

  S、三世明王〈淡泊と寛大〉

 

 三世明王は、正式には降三世明王といわれ、密教五大明王の中の一明王であり、別名を勝三世明王ともいいます。

「三世」には、二つの意味があり、過去・現在・未来の三つの世界を収める神」つまり、ヒンドゥー教の最高神として崇拝されるシヴァ神を下した明王、という意味と、「貪」(むさぼる)「瞋」(いかる)「痴」(おろか)の「三毒」を制する、という意味を持ちます。

 三世明王の個性は、「淡泊」と「寛大」という、キーワードで表現され、人の過ちを許す、欲張らない、こだわらない、という魅力を持ちます。

 世間知らず、お人好し、などと言われるのは構いませんが、欲張り、しつこい、他人に厳しい、執念深い、などのイメージを与えるようだと、人々から見て全く魅力を感じず、何をやってもうまく行きません。

 

 今上天皇陛下(昭和8年12月23日午前6時39分生まれ)は、昭和27年に、立太子の礼を行い正式に皇太子となられました。

 昭和32年には、軽井沢で、平民出身の正田美智子さんと出会い、交際を開始され、昭和33年には、香淳皇后らの「皇族・華族ではない」という理由の、反対を押し切る形で結婚を決定、昭和34年には、結婚の儀を執り行ない、ミッチーブームと呼ばれる、美智子妃殿下の圧倒的な人気のなか、盛大なパレードが催されました。以来、皇太子ご夫妻、現在の天皇陛下ご夫妻に対する国民の人気は確固たるものとなっています。

 皇太子時代より、6月23日(沖縄慰霊の日)、8月6日(広島原爆忌)、8月9日(長崎原爆忌)、8月15日(終戦の日)の四つは忘れる事の出来ない日付、との発言があるように、戦争犠牲者の慰霊には特別の思いを示されました。

 昭和50年には、ご夫妻で沖縄を訪問、ひめゆりの塔を訪れたところ、潜んでいた過激派から火炎瓶を投げつけられる事件に遭遇、事件後の会見では、沖縄戦と県民の心情を思う談話を発表されました。

 昭和天皇が崩御された平成元年には、天皇に即位され、「国民と共に日本国憲法を守り、国運の一層の進展と世界平和、人類の福祉の増進を切に希望して止みません」と、護憲派と見なされる発言をされ、一部右翼勢力を失望させます。
 平成2年、かつて昭和天皇に戦争責任があると発言した本島等長崎市長が狙撃されると、「天皇の問題もふくめて言論の自由がある」とやはり憲法遵守のお立場を表明。
 平成13年の天皇誕生日に「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と発言され、日本以上に韓国で大きく報道されます。

平成15年の天皇誕生日には、「私にとっては沖縄の歴史を紐解くということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました」

平成16年の園遊会では、東京都教育委員の米長邦雄の「日本中の学校に国旗を掲げ、国歌を斉唱させるのが私の仕事です」という発言に対して、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と釘を刺されました。

 沖縄問題に対しては、自分に火炎瓶を投げつけたことを非難するよりも、沖縄戦と沖縄島民に対する思いを語られ、昭和天皇の戦争責任を認めた本島長崎市長の狙撃事件に対しても、言論の自由を優先すべきとされるなどの態度は、国内外を問わず高い評価と尊敬をあつめています。

 

 三世明王を守護仏とする人は、「淡泊」と「寛大」という個性により、必ず人々を魅了するようになりますから、イメージを壊してはいけません。

 

 仕事の場合でも、まず相手の希望を受け入れ、自分の利益を優先しない、という態度を明確にした上で、出来ることと出来ないことの区別だけは、はっきりとさせるとしても、相手の過大な要求や失敗などを非難してはいけません。すると、こちらの立場が悪い場合でも、次第に相手が、こちらの立場を理解するようになり、やがては、立場を逆転することができます。

恋愛や交際などの場合も、「淡泊」と「寛大」を前面に出し、相手のわがままを許す、何を言っても絶対に怒らない、という態度を貫きます。

それでは、何でも相手の言いなりかというと、そうではありません。

「淡泊」というのは、自分の欲望や執着に動かされないことであり、相手の提示するメリットにつられることがありません。

「寛大」というのは、自分の利害に関わることに対してであり、他人や社会に対する犯罪行為まで、許すわけではありません。

ただし、自分の利害に関することがらについては、真心をもって、すべてを許すことです。

 

◎良い相性

 

 三世明王は弥勒菩薩の差使ですから、三世明王を守護仏とする人は、弥勒菩薩を守護仏とする人との相性が非常に良いものです。

 三世明王の個性は「淡泊」と「寛大」であり、弥勒菩薩の「豪快」と「開放」という個性とは、お互いに受け容れやすく、理解し合え、互いの才能を実現させるためには、またとない助けとなります。

三世明王が、一緒に仕事をする人や結婚相手を選ぶなら、弥勒菩薩を守護仏とする人を選ぶべきです。

 

◎悪い相性

 

 観音菩薩を守護仏とする人の個性は「余裕」と「慈悲」であり、三世明王の人から見て、「寛大」というイメージがないわけではありませんが、その「余裕」は、もっぱら、阿弥陀如来の「救済」を実現するための「慈悲」に向けられ、他人に対して「淡泊」にはなれず、人間関係に重苦しさが付き纏います。

 文殊菩薩を守護仏とする人は、三世明王の人から見て、「淡泊」や「寛大」というイメージがなく、「知恵」から出た「奉仕」の心で、阿弥陀如来の「救済」実現のため、人々をコントロールしようとして寛大さに欠け、人間関係の重苦しさが付き纏います。

 観音菩薩や文殊菩薩と、仕事を一緒にすれば、いつも方針の違いに悩まされ、恋愛をすれば、合うごとに喧嘩ばかりするようになります。

 ただ、もしお互いに、自分にない相手の長所を生かしあえれば、かえって、これ以上ない良い関係になることもあります。

 三世明王を守護仏とする人は17人に1人程度と、一菩薩以上に多く、観音菩薩と文殊菩薩を守護仏とする人は、合わせて12人に1人はいますから、出会う機会が多く、現に、そのような組み合わせのご夫妻を存じております。

 

◎守護色

 

 三世明王を代表する、ラッキーカラーは、桃色であり、日頃から、または、ここ一番の場面に、ワンポイントでも良いので、桃色のものを身に付けますと、自分が非常に魅力的になり、運が開けて幸福を呼び込みます。

 反対に、観音菩薩の守護色である、うす紫色は、「淡泊」さを感じさせず、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 また、文殊菩薩の守護色である、橙色は、「寛大」さを感じさせず、魅力を損ない、運が悪くなりますから、できるだけ避けなければなりません。

 

◎守護宝石

 

 スピネル(尖晶石)、コーラル(珊瑚)という、桃色の宝石を、普段から身に付けることによって、自分の魅力を増し、素晴らしい効果を発揮します。

 避けるべき貴金属は、クンツァイト(丁香石)や、シベライト(紫電石)などの、うす紫色の宝石と、メキシコオパール(蛋黄石)、サードニックス(橙瑙石)などの橙色の宝石であり、身に着けると、魅力をなくし、幸運を逃すようになります。

 

◎座騎

 

 三世明王の座騎は、弥勒菩薩と同じく、蓮の花で、獅子や象のような大げさな乗物には乗っておりません。

 蓮というのは、基本的にどの仏様も乗っているものですから、三世明王を守護仏とする人は、共用性や、大衆性の高い乗物を選ぶことが望まれます。

 すると、乗用車よりもバス、バスよりも電車、飛行機よりも新幹線などが良いことになります。

 マイカーを求める場合もこの法則に従って、ワンボックスやミニバンのような、なるべく大勢乗れる車が最適です。

 現在、ミニバンやワンボックスタイプの車は、各社から数多く発売されており、選ぶのに困ることはありせん。

 

 「蓮」にあたる車の、例を挙げておきますと、

 

 トヨタ‐エスティマ、アルファード、グランビア、ノア、アイシス、イプサム

 日 産‐エルグランド、プレサージュ、キャラバンSL、セレナ、リバティ

 ホンダ‐オデッセイ、モビリオ、ステップワゴン、エディックス

 三 菱‐グランディス、デリカスペースギア

 マツダ‐MPV、プレマシー、ボンゴフレンディー

 

などが上げられます。

 

 避けるべき車は、観音菩薩の座騎である「孔雀」のイメージがある車と、文殊菩薩の座騎である「獅子」のイメージの車であり、ほとんどの高級車と言われる車が、このカテゴリーに属します。

 ロールス・ロイス、ベントレー、ジャガー、リンカーン、などの「孔雀」の車や、メルセデス・ベンツSクラス、BMW7シリーズ、トヨタ・セルシオ、などの「獅子」の車などに乗りますと、「淡泊」なイメージを失い、魅力をなくしてしまいます。

 

 

 ご自分の守護仏を知りたい方は、コメント欄に生年月日、性別、出生時刻、出生地、氏名(ハンドルネーム可)メールアドレス、それからご意見ご感想など、“コメント”も必ず書き込んでください(公開されません)お悩みごとなどにもできる範囲でご返答致します。コメントがない場合は返信できません。

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